館長ごあいさつ
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ごあいさつ

館長 錦織 明

 ここ出雲かんべの里は工芸館と民話館、それに自然の森、自然観察園からなっております。これまでも、たくさんの方にご入館いただき、ものづくりの楽しさ、昔話のおもしろさ、豊かな自然のすばらしさを満喫いただいているところです。

 工芸館には、和紙手まり、陶芸、機織り、木工、籐工芸の工房があり、それぞれの工房でその道一筋の職人が日本古来の伝統を受け継いでいます。そして、希望の方には各工房にて作品づくりを体験していただけます。民話館では、山陰の昔話をとんと昔のお話会の語り部による生の語りを聞いていただけます。また、自然の森、自然観察園では、四季折々の自然のすばらしさにひたっていただけます。

 かんべの里では、四季に合わせたイベントのほか、毎月第3日曜日には「すずめの市」も開催しています。そして、土曜日、日曜日、祝日には「かんべ茶屋」で田舎料理や手打ち蕎麦を味わっていただくこともできます。

 みなさまどうか、かんべの里にいらしてください。そして、伝統工芸や昔話、自然のすばらしさを体で感じとってください。関係者一同心よりお待ちいたしております。

平成26年4月 錦織 明

館長プロフィール

経歴 昭和24年生まれ。松江市出身。
昭和47年、広島大学教育学部卒業。後、島根県内の小学校に37年間勤務。校長歴は仁多町立高田小学校、玉湯町立大谷小学校、松江市立津田小学校、松江市立城北小学校。退職後、鶴見大学で司書の資格を取得、松江市学校図書館支援センターに2年半勤務。

現職中は、島根県小学校長会長、島根県社会科教育研究会副会長、島根県国際理解教育研究会研究部長、「日韓親善島根少年の翼」団長等を歴任、 現在「八雲会」理事。

特技・資格 司書、NACS-J自然観察指導員、アマチュア無線技士、出雲そばりえ、韓国語検定4級、剣道3段、居合道2段
現在の活動

その1) 紙芝居
年間を通して、保育所、幼稚園、小学校、公民館などで上演しています。昔ながらの自転車に紙芝居道具を積んで出かけます。自作の紙芝居「TSUNAMI」「ごはんの木」「子育てゆうれい」の外さまざまな紙芝居を上演します。かんべの里でもしていますが、ご希望のところへはどこにでも出かけます。希望があればご連絡ください。

錦織明自作の紙芝居
番号 紙芝居のタイトル 枚数
内容の概要
1 子育てゆうれい 津田小学校図書委員会 5
小泉八雲著「神々の国の首都」松江市の大雄寺近くの飴屋に毎晩青ざめた顔の女が飴を買いに来た。飴を買うと、女は大雄寺の墓場の方へ消えて行った・・・
2 津田の松原 舟木美代子 13
津田には「津田の松原」と呼ばれるりっぱな松並木があり、街道を通る人を雨風から守っていた。  
ところが、太平洋戦争が起こり・・
3 スサノオのたどった道 野津尚子 13
日本書紀には、スサノオが高天原から追放された後、新羅の曾尸茂梨に天下り、そこから出雲に渡ったと記されている。丸木舟で日本海を渡るスサノオの苦難の道のりは・・・
4 ごはんの木 野津尚子 6
松江城周辺にあるなんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ)は、杉坂治氏が90年ほど前に韓国から持ち帰り、松江市に寄贈した木です。韓国ではなんじゃもんじゃのことを「ごはんの木」と言いますが、それにはこんな悲しい話があるのです。
5 TSUNAMI 野津尚子 14
「TSUNAMI」は今や世界の共通語となっていますが、それは小泉八雲がその作品の中で実話に基づき、津波を世界に紹介したからです。その実話とは・・・・・
6 松江城物語 野津尚子 12
堀尾吉晴、忠氏親子は、松江城の城地選定のため床几山に登りました。吉晴が洗合山を、忠氏は亀田山を主張し、意見が分かれます。その後、忠氏が急死し、吉晴は亀田山に城を築きます。その忠氏急死の理由とは・・・
7 国譲り神話 野津尚子 11
稲佐の浜で国譲りを迫られたオオクニヌシ、美保埼にいる息子コトシロヌシの意見を聞くために、使者イナセハギを遣わします。 イナセハギは諸手船で美保埼に行き、コトシロヌシの考えを聞きます。・・・
8 十六ざくら 野津尚子 10
伊予の国に、毎年、陰暦1月16日に咲く「十六ざくら」と呼ばれる桜の木がありました。その木にはある侍の魂が宿っていたのです・・
9 足をかまれたコトシロヌシ 野津尚子 10
美保埼のコトシロヌシは、毎晩揖屋のミゾクイヒメのところに通っておられました。ある晩、夜明け前に雄鶏が鳴いたのであわてて丸木舟で美保埼に帰られたのですが・・・
10 三つのおの にしこりあきら
(雑賀小学校時代)
8
木こりがおのを池の中に落としてしまいました。そうしたら白いひげのおじいさんが金のおのをもってあらわれました。
11 ちんちんこばかま 野津尚子 13
昔、たいへんものぐさな娘がいました。嫁に行ってからも、爪楊枝をかたずけるのが面倒で畳のすきまにさしていました。ところがある晩、小さな武士がたくさん現れ、嫁をからかうのです。


かみしばい
なんじゃもんじゃの花の下で(松江城椿谷にて)

その2) 丸木舟
30年ほど前に丸木舟「からむしⅡ世号」で隠岐から島根半島まで渡りました。平成22年、かんべの里で「からむしⅣ世号」を製作。今度は韓国から日本に渡る予定です。現在は、韓国(伽耶)から日本(出雲)への古代海の道をたどる航海を行っています。関心のある方、いっしょに活動しませんか。

丸木船「からむし」製作
かんべの里にて

コトシロヌシの神話より 中海にて
コトシロヌシの神話より 中海にて

著書 「縄文の丸木舟 日本海を渡る」共著
「江津の山と滝」共著
「教室からアジアが見える となりのくに韓国」共著
「教室からアジアが見える となりのくに韓国U」共著
「なんじゃもんじゃ物語」
「海を渡った神様」監修
「へるん先生 こんにちは」共著

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