トラ吹く トラ吹く・子守歌(出雲市湖陵町)
語り(歌い)手・伝承者:坂根雪子さん・大正12年生
トラ吹く トラ吹く
トラ屋が背戸で
この子なして泣く
乳が足らんか
おままが足らんか
いんまお父さんが
さんげの森から
飴やお菓子や
ピイピガラガラ
投げりゃ ぽっと立つ
起きゃ上がりこぼし
それをやるけん
だーまれ だーまれ
(収録日 平成6年8月22日)
解説
坂根さんはこの子守歌を当地ご出身で明治23年生まれのご母堂からお聞きになったと話しておられる。
まず、詞章を眺めてみよう。初めの「トラ吹く」の意味はよく分からないが、一種の口合わせ的な雰囲気でうたい出したといったところだろうか。そしてそれを受けて「トラ屋が背戸で、この子なして泣く」と一気に続けてゆくのである。
一方、それはそれとして、赤ん坊はむずがって泣いており、その理由を「乳が足らんか、おままが足らんか」と赤ん坊の空腹なのが原因として述べ、その子をなだめるようにうたいかけるのである。まもなくお父さんが、さんげの森から、幼児の喜びそうな飴や菓子とかオモチャであるピイピガラガラや起きあがり小法師などを土産に持ってくるから泣きなさんな、と懸命に説得するのである。
こうして見ると、この子守歌は、泣く子をなだめる目的でうたわれるものであることが分かる。
しかし、子守歌にはまだ他の目的のものも存在している。例えば次の島根県美保関町七類の歌は、想像をかき立てる遊ばせ歌というべき内容を持っている。
向こうの山に
猿が三匹とまって
先の猿ももの知らず
後の猿ももの知らず
中の子猿が
ようもの知って
子どもたち 子どもたち
花折り参りましょう
花はどこ花
御堂の前の桜花
一枝折ってはパッと散る
二枝折っては腰にさし
三枝の先から日が暮れて
今夜はどこで泊(とう)まらか
トンビのお宿で宿借りて
むしろは短し 夜は長し
夜明けに起きて空見たら餅ごのような姉(あね)さんが
金の盃 手に持って
金の雪駄を
ちゃらちゃらと
一杯参れ 百取ろう
二杯参れ 二百取ろう
三杯目に魚取ろう
(森脇キクさん・明治39年生)
三匹の猿が登場し、中の猿が愉快な活躍をするわらべ歌は、いろいろなバリエーションを持っており、筆者も山陰両県のはあちこちで聞かせていただいている。どういうわけか活躍するのは中の猿に決まっているようなのが面白い。中庸をよしとする考えがあるのだろう。
このように物語性を帯び、豊かな内容の歌も存在しているのである。