大寒 小寒・自然の歌(浜田市三隅町古市場)

語り(歌い)手・伝承者:山根久市さん(大正2年生)

大寒 小寒
小寒の背(せな)に
ケケロがとまって
ケケローコー
うちの鳥は
いついつもどる
明日の晩に
塩水汲んで
ケケーッともどる

(収録日 昭和36年8月25日)

解説

 寒さが厳しくなってくると、子どもたちはこの歌をうたっていたという。子どもにとっては寒ささえ遊びに切り替えてしまうたくましさがある。
 それにしても寒さをそのまま擬人化し、非常に寒いのを「大寒」、それよりやや寒さの緩やかなものを「小寒」と表現しているこの自由さには舌を巻くばかりである。それにしてもケケロというのは何だろう。また後の展開も意外である。またこれらについては、前段とのつながりは認められない。子どもに得意の連鎖反応的な変化としかいいようがない。
 さて、筆者は今のところ島根県では、「大寒、小寒」の歌は、この一例しか集めていない。
 ところで、鳥取県の場合、次のいくつかの歌が見つかった。まず、東部の鳥取市鹿野町大工町のもの。

大寒 小寒 冬の風
あれあれ カラスが
四つ 五つ
(竹部はるさん・明治31年生)

 なかなか叙情的な美しさを持っている。中部の東伯郡三朝町大谷では、

大寒 小寒
小寒の家で
芋焼いて食うよったら
火の粉が散って
アツツ言って
火傷(やけど)をしただがなあ
(山口忠光さん・明治40年生)

 東伯郡湯梨浜町宇野では、

大寒 小寒
こうさが家に行ったら
芋の煮たぁ隠して
大根の煮たぁ
食ぁっさった
(木村梅野さん・明治35年生)

 これになるといずれも人々の素朴な生活感が、そのままにじみ出ているといえそうである。同じ中部でも琴浦町箆津では、

大寒 小寒
山から坊主が降りてくる
(河本敏蔵さん・明治40年生)

 河本さんは、「船上山寺のある船上山に雪が降り出すと、お寺さんは里の方に降りてくるが、それを里の人たちがうたったものであり、これで山陰の冬もいよいよ本格的になってくるのです」と語っておられた。
 鳥取県内の歌であるが、ここに挙げた同類は、比較的近い距離であり、同様に「大寒、小寒」で始まりながら、人々の寒さの捉え方は、このように微妙な違いを示しているのである。