坊さん 坊さん・手まり歌(鹿足郡津和野町吹野)

語り(歌い)手・伝承者:松浦マスさん(明治25年生)

坊さん 坊さん
おまえの屋敷
りっばな屋敷
梅の木三本 桜が三本
合わして六本
唐傘 から梅
カラス一羽で
渡した 渡した

(収録日 昭和37年8月16日)

解説

 石見地方西部の古老から、不思議と共通して聞き出せる歌である。筆者は同類を吉賀町柿木や同町六日市町でも採録したが、『日原町誌』にも見え、森澄泰文氏(元・島根県文化財保護指導委員)も津和野町で採録しておられるので、この歌が当地を代表するものとみてさしつかえないようである。
 しかし、これが当地だけのもので、他地方に類例がないとするのも独断すぎる。実は、東北の山形県米沢市に非常によく似た次の歌が伝承されていた。

坊ちゃん 坊ちゃん
あなたのうちには
柿の木三本 梅の木三本
合わせて六本
坊ちゃん 坊ちゃん
丁度一ちょついた
(『東北の童謡』昭和12年・仙台中央放送局)

 石西地方の歌は高齢の方でないと採録不能で、さらに詞章の内容などとも考え合わせると、少なくともその成立を江戸期にまでさかのぽることが許されそうである。
 そうしてみると、島根県石見地方と山形県米沢市のこの驚くべき類似性を、いかに説朋すべきであろうか。「坊さん」と「坊ちゃん」の語句の酷似性、「梅の木」と「柿の木」の交換、その他の詞章の多少の違いや脱落など、伝承歌であってみれば、これらが同一系統を説明する材料として認められるのに何の不自然さも感じられない。
 出典である『東北の童謡』は、昭和12年9月発行なので、あるいは、明治以降、本県からかの地に移入されたものが定着し、変形されながらも伝承されていたところ、たまたま採録の網にひっかかったのではあるまいか、という推測も考えられないことはない。B6判660ページにわたって二段組で収録されている膨大な歌を一々調べてみても、他県のものには同類は一つとして見当たらないからである。
 しかしながら、この説を軽々しく承認することも、まだまだ危険であろう。伝承歌の世界は実に微妙であり、いろいろ隠れた伝播の法則が内在していると考えられるからである。
 したがって、案外この歌は江戸時代の比較的早い時期に江戸あたりで成立し、諸国に伝えられたもので、たまたま石西地方では、特にこの歌を愛好したため、最近まで古老たちに歌われていたと考えるのかも知れない。
 そして東北地方に伝えられたものは、あまり人気を博さず、それでもわずかながら伝承が続いていたのではないかとも思われるが、筆者のこの考察はかなり強引過ぎるようにも思われるのであるが、いかがなものであろうか。