子ども衆 子ども衆・手まり歌(隠岐郡海士町保々見)

語り(歌い)手・伝承者:井上ヨシさん(明治35年生)

子ども衆 子ども衆
花折り行かあや
花は花々 どこ花だ
地蔵の前の桜花
一本折っては
ばんだじお
二本折っては
ばんだじお
三枝が境で日が暮れて
兄の紺屋で宿取らか
妹の紺屋で宿取らか
兄の紺屋で宿取って
朝起きて沖見れば
漁師の子どもが
船ばた踏まえて
帆をかけて
やっさほっさで
ちんこのまんこの回船だ
回船だ

(収録日 昭和60年8月(日時不詳))

解説

 江戸時代には存在していた手まり歌である。詞章をたどってゆくと、いつのまにやら話のつじつまが合わなくなって、最初と最後の部分の呼応がずれてしまっていることに気づかされる。しかし、そのようなことはわらべ歌の世界にあっては、別に珍しいことではなく、往々にしてある現象なのである。
 ところで、この歌では、「一本折っては、ばんだじお」とあるが、この「ばんだじお」の意味が分からない。しかし、類歌を比較することによって、本来の詞章について見当がつくようである。
 鳥取県東伯郡琴浦町高岡では、次の類歌が存在していた。

向こうの山に
猿が三匹止まって
後の子猿ももの知らず
先の子猿ももの知らず
まん中の子猿がもの知り猿で
わっち子どもらち
花折りまいろ 
花はどこ花
地蔵の前の桜花
一枝折ってもぱっと散る
二枝折ってもぱっと散る
三枝の坂から日が暮れて
兄の小屋に泊まろうか
弟の小屋に泊まろうか
兄の小屋もいやでそろ
弟の小屋もいやでそろ
山伏小屋に駆け込んで
暁起きて空見たら
真っ赤な真っ赤な
キイセンが
船口そろえて帆をかけて
この船はどこ船
商船 川船 バンバ船
バンバがじょういにさらされて
髪は河原のほうき草
草履(じょうり)は川のドンガメ(毎田すゑのさん・明治26年生)

ここから、問題の詞章が「ぱっと散る」から変化したものではなかろうかということが推定されて来る。
 さらに出だしの「子ども衆」の前に琴浦町の歌では、「向こうの山に猿が三匹止まって」とあるところから、海士町の歌も、ひょっとして以前は、「子ども衆」の前に、似たような詞章があったのかも知れないとも考えられてくる。実際、他の類歌でも琴浦町のような筋書きのものが、いくつも存在しているのである。