正月さん 正月さん(隠岐郡隠岐の島今津)

語り(歌い)手・伝承者:斎藤イセさん・明治33年生

正月さん 正月さん
どこまでござった
寺の門まで
土産は何かいの
椎(しい) 茅(かや) 勝ち栗
ミカン 麹(こうじ) ダイダイや

(収録日 昭和55年8月10日)

解説

昭和55年8月に当時の隠岐島後地区の西郷町で口承文芸の収録調査を行った。転勤するまで筆者の育てた県立隠岐島前高校郷土部からは。後任の山岡雄一郎教諭に率いられた7名の生徒と松徳女学院高校からは,筆者の娘ゆりことアメリカからの留学生リーガン・ケリーが参加していた。40年以上も前になってしまったが、懐かしい思い出である。
 このときうかがった歌の一つが、ここに紹介したものである。斎藤さんは「羽根つき歌」としてうたってくださったが、多くは歳事歌として、正月に来臨してくる祖霊神を歓迎する歌として親しまれているようである。同類として各地のものを紹介しておこう。隠岐の島前地区の西ノ島町三度(みたべ)では、

正月つぁん 正月つぁん
どこからおいでた
三度(みたべ)の浜からおいでた
重箱に餅入れ 徳利(とく)に酒入れ
トックリトックリござった(萬田半次郎さん・明治18年生)

 松江市島根町多古では、

正月の神さん
どこまでござった
大橋の下まで
破魔弓を腰に挿いて 羽子板を杖にして
えーいえとござった
 (小川シナさん・明治32年生)

 石見地方では一例しか収録例はないが
、浜田市三隅町東平原のもの。

正月爺さん来ました
竹馬に乗って
凧を背中に担いで
ニコニコ笑って来ました
(九十九クウさん・明治18年生)

次に鳥取県のものを挙げておこう。鳥取市河原町河原のもの。

正月さん どこから
トンド山のすそを
裏白を蓑(みの)にして
ゆずり葉を笠にして
白箸(しらはし)ゅ杖にして
餅ゅ食い切り食い切りござった(奥谷松江さん・大正7年生)

 西伯郡日吉津村富吉。

正月つあん 正月つあん
どこまでござった
神田までござった
破魔弓杖について
羽子板腰にさいて
削り箸に団子さいて
かぶりかぶりござった(加下豊子さん・明治44年生)

こうして見てくると,斎藤さんが「羽根つき歌」としたのは、歳事歌から転用されたものということが分かってくるようである。
本来は正月という節目の時期に、常世の国から子孫たちが真面目に生活しているかどうかを検証しに来て、心正しい人にはお年玉を与えてくださる祖霊神を、子どもたちが歓迎する歌だったのである。