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たまのお客に何事ないが(フイゴ歌・仁多郡奥出雲町大呂)

語り(歌い)手・伝承者:奥出雲町大呂 嵐谷忠一さん・1964年(昭和39年)当時54歳

たまのナァお客にアー 何事ないが
ア、たててナア 見せましょ
アー金花(かねはな)を

蹈鞴(たたら)打ちには ア、金屋子(かなやご)さまの
金のナアー御幣がヨー アー舞い遊ぶ

(収録日 1964年(昭和39)8月12日)

解説

 わが国では現在、蹈鞴製鉄は、特別に「日刀保タタラ」として行っている仁多郡奥出雲町を除いて、どうやら過去のこととなってしまった。
 それでも島根県では、かなり最近まで、このタタラ製鉄が行われており、雲南市吉田町の田部家や奥出雲町上阿井の桜井家や同町八川の絲原家などは、そのようにして栄えていた。
 このタタラの神様については、いろいろな言い伝えがある。
 鳥取県日野郡日南町印賀では、金屋子さんが天降ったさい、犬に吠えられ蔦を伝って逃げたが蔦が切れたので犬に噛まれて亡くなった。雲南市吉田町菅谷では蔦の代わりに麻苧(あさお)に絡まって亡くなった。奥出雲町阿井では蔦が切れたが、藤につかまって助かった、そんな訳でタタラの作業所に犬を入れず、タタラの道具に麻苧を用いない。また、桂の木は神木なのでたたらで燃やさないとされている。
 ところで、タタラ作業であるが、以前は「鉄穴(かんな)流し」と称して、川の上流の山肌から、鉄を含んだ土砂を流し、下流でそれを集めて、火を加え、純粋の鋼を作り出したが、これには三日とか四日を要した。これを一代(ひとよ)と称していた。また、フイゴで風を送りながら作業をしたが、それに合わせてうたわれた労働歌が、このタタラ歌である。詞章は七七七五の、いわゆる近世民謡調であり、多くは他の民謡からの転用歌といえるようだが、中には独自な歌も存在していた。初めに挙げた二つの歌がそれである。最初の歌の意味はお分かりのことと思う。
 「金花」というのは、もちろん、火花のことであるが、熱した鉄から出る火花を、客に見せて仕事に精を出している心意気を誇ろうというのである。また、次の歌にある「金屋子さま」というのは、タタラの神様である。能義郡広瀬町西比田には、金屋子神社があるが、この神を祭った神社として知られている。
また、他の歌をタタラ歌として転用した例として次のものがある。

アうれしナァ めでたのヨー ア若松さまは
ア枝がナァ栄えてヨー アー葉もナァ茂る

ヤあさまはナァ三夜のアー三日月アーさまか
せめてナアー一夜は アー有明に