ここのまた奥山の(相撲取り節・隠岐郡西ノ島町)

語り(歌い)手・伝承者:西ノ島町・小桜 シゲさん・1909年(明治42年)生

ハアー
ここのまた奥山の
そのまた奥山にヨー
ハアー鹿が三世 鳴きなんす
かんじが強うて 鳴くかいな
腹がひもじゅて 鳴くかいな
親に恋しゅうて 鳴くかいな
かんじが強うて 鳴くじゃない
親に恋しゅうて 鳴くじゃない
腹がひもじゅうて 鳴くじゃない
ここの奥の その奥に 六十余りの老人が
肩には鉄砲ふりにない 腰には弾筒(たまづつ)一升ずつ
これがおぞうて 鳴くわいな
助けてくだされ山の神
助けてくれれば 礼をする
岩鼻を崩いて宮建てて
宮の回りにごままいて
十二の燈籠とばします
またえどころが しおらしや
助けてくだされ ノウ ホホー 山の神ヨー
ヨイコラ ヨイコラ

(収録日 1985年(昭和60)8月21日)

解説

 この歌は隠岐の島では相撲取り節として教えていただいた。この相撲取り節というのは、何か祝い事があったとき、余興で行われていたようで、一種の座敷歌といえる。
 そして同類は、はるか離れた東北の民謡「津軽小原節」や「秋田小原節」の詞章としても存在し、現在でも広くうたわれている。
更におもしろいと思うのは、島根県でも石見地方では、子守歌としてうたわれていたことであった。譯半世紀前に浜田市三隅町古市場で聞いたものを紹介しておく。

向こうの山で鹿が鳴く
鹿どん 鹿どん なぜ鳴きゃる
何にも悲しゅはないけれど
六十ばかりのご隠居が
肩には鉄砲 手に火縄
むく毛の犬めを 先につれ
虎毛の犬めを後につれ
むく行け 虎行け けしかける
それがあんまり 怖ろしゅて
助けてやんさい山の神
助けてもろうた御礼に
岩山崩して谷を埋め
一間四面の宮を建て
金の灯籠を千とぼす
 ☆伝承者☆・三隅町古市場・新田幸一さん・1892年(明治25年)生

 そうして眺めて行けば、このような歌は親しまれつつ各地に伝えられていくうちに、元の歌の種類から離れて、いろいろな場面で自由にうたわれて行くものであることが分かる。
 西ノ島町の歌の詞章では、すでに意味がよく分からないところもあるが、これも伝承の特徴なので、これ以上あまり詮索してもしようがないようである。