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天下泰平国家安全(田植え歌・邑智郡邑南町阿須那)

語り(歌い)手・伝承者:斎藤秀夫さん・1960年(昭和35年)当時47歳

天下泰平国家安全
五穀成就の苗をば

それを取りて 押し分けて
植えてたもれかせの

なんと若苗 稲鶴姫に

酒は来るヤレ
肴はなくして 宍道茶を

宍道茶の葉をば
酢和えにゃ和えて 御肴

酒の肴にゃ コノシロ焼いて

思うともヤーレ
色には出すなよ 杜若(かきつばた)

思わぬふりで 恋をする

思いかけたよ 小池の花に

安珍清姫は 日高川にこそに

日高川を渡るとて
船頭仰天したとな

何と清姫大蛇となりて
波を押し分け 角ふりあげて

(収録日 1960年(昭和35)8月15日)

解説

 広い面積の田を植えるときにうたわれたものである。そしてこれらは、わたしがこのような伝承文学を研究し始めたころ、邑智郡川本町に宿を取って、夏の一日を邑南町(旧・羽須美村阿須那)に出かけたおりに、偶然斎藤秀夫さん宅にお邪魔して教えていただいた。このとき実際はまだまだ多くの歌を、斎藤さんからうたっていただいている。
 それはそれとして、ここに挙げた詞章だけでも、田植え歌の内容が多彩であることがお分かりいただけると思う。
初めの詞章は、いかにも厳かに稲の苗に祈りをこめて「天下泰平国家安全…」と五穀成就を祈願している。そしてその稲の苗は稲鶴姫に奉納したものとしているのである。稲鶴姫というのは、田の神の姫君の名をいうのであろうか。
続いて昼食のメニューが披露され、次いで「思わぬふりで」からは、恋についての心構えを説いている。そして詞章は一転、紀州(和歌山県)で名高い、「安珍清姫」の伝説になる。
 紙数の関係でこれ以上の内容を紹介できないのは残念であるが、田植え歌は、更に源平合戦のエピソードをうたったり、田の神サンバイの誕生を説いたり、あるいは親しくなった早乙女への慕情を述べたりなど、延々と続いて退屈しない。
 けれども、現在の田植えは、以前のように大勢の早乙女が田に入り、一斉に植えたのとは違い、機械を使ってあっというまに植え終えてしまい、このような田植え歌もうたわれる機会を失ってしまっているのである。