庭で餅搗く(餅搗き歌・鹿足郡津和野町吹野)

語り(歌い)手・伝承者:松浦 マスさん・1962年(昭和37年)当時50歳

庭で餅搗く 表でちぎる
ヤンサエ ヤンサエ
奥の間四畳半じゃ 餅並べ ヤンサエ
ヤンサエ ヤンサエ

(収録日 1962年(昭和37)8月13日)

解説

 祝い用に搗く餅であるが、歌をうたいつつ搗かれる場合もあった。そこでは縁起を担いでよい言葉を散りばめた内容になっている。島根県内で餅搗き歌としてうたわれているのは、大田市から西の地方に限られているようで、出雲地方や隠岐地方では聞かれない模様である。また、正式には餅搗きのさいには、搗き方の男性や臼取り方の女性にしても、前年に家庭で不幸がなく、両親そっている男女が担当することになっていたのである。
 さて、ここに紹介した詞章は、言うまでもなく裕福さを示すまことにめでたい内容である。途中「ヤンサエ」というのは囃し詞であるので、それを除いて音節数を見れば、七七七五となり、いわゆる近世民謡調といわれる形式であることが分かる。同類を少し挙げておこう。

旦那大黒 おかみさんは恵比寿
一人ある子は福の神
 浜田市三隅町森溝 金谷ナツさん・1960年(昭和35年)当時72歳

餅を搗きゃるなら 一石二斗どま搗きゃれ
ヤレ二斗や三斗は ヤンサだれも搗く
 浜田市三隅町森溝 岩田イセさん・1960年(昭和35年収録)年齢不詳

 まことに景気の良い詞章である。
 ところで、東の大田市では節は違うが、やはり縁起の良い詞章がうたわれていた。

これの主人のナア 祝え年(祝い年)
恵比寿ヨイ 大黒さんの舞い遊び
ヘイヤダ ヘイヤダ
 大田市川合町吉永 酒本安吉さん・1961年(昭和36年)当時87歳

 大漁の神である恵比寿神や豊作を司る大黒神が舞い遊ぶというのであるから、実に縁起の良い歌であろう。
 また、次の歌は直接には縁起の良い内容というのではないが、ストレートに餅を搗く目的をうたっている。

今年ゃ旦那の祝い年 旦那祝いの餅を搗く
 大田市川合町 改田ヒサさん・1961年(昭和36年)当時82歳

 中には餅の搗き方をうたっている詞章もある。

搗かば搗け搗け中を搗け
ヤ 真ん中をヨイ
搗かねば餅ゃならぬ
 大田市三瓶町小屋原 大谷ハツノさん・1961年(昭和36年)当時70歳