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酒屋男は大名の暮らし(もとすり歌・平田市野里町)

語り(歌い)手・伝承者:奥村信孝さん・年齢不詳

酒屋男は大名の暮らし
五尺六尺ヨー立て並べ

宵にゃもとする 夜中の甑(こしき)
朝の洗い場がヨー 辛ござる

今朝の寒さに 洗い場はどなた
かわい殿御でヨー なけらよい

かわい殿御の洗い場の朝は
水は湯となれヨー 風吹くな

(収録日 1964年(昭和39)8月14日)

解説

 最近の酒造りは機械化されており、作業にも歌をうたうことは見られなくなった。しかし、1955年(昭和30年)代ごろまでは、昔ながらの人の力による作業で、その作業工程に応じて歌がうたわれていた。酒を造る専門家を杜氏とか、蔵人と呼んでいるが、その杜氏仲間で言われていた「歌半給金」という言葉の示すように、作業には、このように歌がつきものだった。
 ここにあげたものは、1964年(昭和39年)の夏に聞かせていただいた杜氏歌の一つである。平田市でうかがっているので、いわゆる出雲杜氏の歌でる。
 さて、酒を作るための仕込み作業は、厳寒の二月ごろに行われている。そのおり作業に合わせてうたわれていた作業歌が杜氏歌といわれるものである。そしてその歌にも作業に応じて、少し違ったメロディーーとなっている。ここにあげたのは「もとすり歌」であるが、ほかに「うたいもの」と称する歌とか、「洗い場の歌」「桶洗い歌」「仕込み歌」などがあるのである。
さて、詞章について眺めておく。
まず「酒屋男は大名の暮らし、五尺六尺立て並べ」であるが、杜氏の誇りをうたっており、「五尺六尺」というのは、酒を仕込んだ樽のこと。続く「宵にゃもとする…」以下の詞章は、宵から早朝など、多くの人々のゆっくりしている時間帯でも、酒造りのためには、懸命に働かなければならず、そのような辛さをうたっている。そして寒い朝の洗い場の作業が特に辛いものであることを、女性の目を借りてうたっているのである。
 これらの歌の詞章は、全国的にも共通しているものも多い。京都の丹波杜氏の歌の中にも同様の次の歌が知られている。

今日の寒さに 洗い番はどなた
可愛いや殿サの声がする

可愛いや殿サの 洗い番のときは
水も湯となれ 風吹くな

 杜氏たちは、年によっては乞われてあちこち離れた地方へも出かけたようで、そのようなところから、自然、歌の詞章の交流もなされたものと思われる。