松前殿さんニシンのお茶漬け(松前木遣り・隠岐郡隠岐の島町油井)
語り(歌い)手・伝承者:藤田シナさん・1908年(明治41年)生
松前殿さん ヤーレ
ヤットコセー
ヨーイヤナー
ハアー松前殿さん
ニシンのお茶漬け アー
ヨーイートーコーナー
ソーレーモ
ハララガリャー
ヨーイトーコ
ヨーイトーコーナー
(以下、詞章のみ)
千代に八千代に
千代に八千代に
苔むすまでも
笑い笑い入れるは
笑い笑い入れるは
大黒さんの賽銭(さいしぇん)箱
(収録日 1985年(昭和60)8月20日)
解説
なかなか元気のよい感じの歌である。そして囃し詞もかなり長い。この歌は、その名前も歌の出だしの通り「松前殿さん」と呼ばれて、隠岐地方では酒盛りのおりに座敷歌としてうたわれている。
ただ、ここ隠岐の島町(旧・都万村油井)では、神社の屋根を葺き替えるおり、祝いの餅を大八車に入れて引っ張りつつうたう道中歌として教えていただいた。
ところで、松前といえば、江戸時代に北海道の蝦夷にあった藩の名前である。であるから、その藩主を親しんで「松前殿さん」というのである。
また北海道ではニシンが名産であり、そこから「松前殿さんニシンのお茶漬け」という詞章が出ているものと考えられる。
この詞章を持つ歌が隠岐地方でうたわれているのは、江戸時代中期から明治にかけて盛んだった、北海道地方の産物を各地に運んでいた北前船と関係があると思われる。すなわち隠岐島にもそれらの船が寄港し、それらの船頭たちによって当地にも伝えられたものであろう。
ところで、江戸時代中期ごろからうたい出され、全国的に知られるようになった民謡に三重県津地方にかかわりのある「桑名の殿さん」がある。
桑名の 殿さん ヤーレン
ヤットコャ ヨーイヤナ
桑名の殿さん 時雨で茶々漬
ヨーイートナ アーレワ
(アリャリャンリャン)
ヨーイトーコ
ヨーイトーコナー
実に「松前殿さん」とそっくりの構成である。
つまり、地名と特産物を取り替えて、自在に歌を転用していた、かつての民衆のたくまさいさが垣間見られるようでおもしろい。
なお、「松前殿さん」の後に続けて紹介している「千代に八千代に…」や「笑い笑い入れるは…」の詞章にしても、一見して分かるように、共に縁起のよい詞章で、神社の作業にふさわしい内容を持っている。ここには氏神様から幸せを授かろうとする心組みが、込められているのである。