お駒がわが家を発つときにゃ(お駒節・隠岐郡海士町保々見)
語り(歌い)手・伝承者:松下 アヤさん・1908年(明治41年)生
お駒がわが家を 発つときにゃ
チリトテチン
二人の子供を ちょいと抱き上げて
これがこの世の暇乞い
成人(しぇいじん)せよとな なあ よしよし
橋の欄干に 腰うちかけて
月星眺めて 殿さんを待ちる
向こうに見えるは 与作さん
お駒じゃないかと なあ よしよし
(収録日 1985年(昭和60)8月)
解説
隠岐地方にはなぜかこの「お駒節」なる歌が多い。これは島前地方では労作歌ではなく、酒席のおりなどにうたわれる座敷歌である。わたしは1973年(昭和48年)から5年間、当地で暮らしていたが、古老を訪ねて民謡をお願いすると、決まったようにこの歌を聞かされたものである。
内容的には有名な何かの物語を題材にしているようだが、具体的に何という物語なのか分からない。おそらく江戸時代あたりに流行ったものではないかと思われるが、不明なのがいかにも残念である。どなたかご承知の方はお教えいただきたい。
ところで、この歌であるが、島前地区の海士町に対して、島後地区の隠岐の島町中村では、同類が次のようになっていた。
橋の欄干に 腰うちかけて
月星眺めて 殿御を待ちる
あれに見えるは 与作さん
お駒じゃないかと まあ よしよしお駒 わが家を 発つときにゃ
二人のわが子を ふと差し上げて
これがこの世の暇乞い
成人せよと まあ よしよし伝承者 石井 光伸さん・1931年(昭和6年)生(収録日 1960年(昭和))
伝承歌であるから、多少の語句の違いはあるものの、ほとんど同じである。そしてここ中村地区ではこの歌は座敷歌としてではなく、山仕事のおりにうたう歌として聞かせていただいたものである。
このように島前地区や島後地区を通して隠岐地方で好まれている民謡の中には、本土ではあまり聞かれない歌が、いろいろと存在している。例えば島前地区では「おけさ」「隠岐追分」「シュウガイナ」「じょんがら節」「船おろし」など。一方の島後地区では「松前殿さん」「ハイヤ節」「磯節」「イッチャ節」「神楽歌」などまだまだある。 こうした多彩な種類の民謡が存在しているのは、船によって各地の民謡が持ち込まれた事情があるからで、離島ゆえの特色といえそうである。