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横田では 船通お山の(田植え歌・仁多郡奥出雲町佐白)

語り(歌い)手・伝承者:宇田川 光好さん・1946年(昭和21年)生、宇田川 一子さん・1917年(大正6年生)

横田ではヤーア
船通(せんつう)お山の栂(とが)の木は
ヤーンハーレー
栂の木は
ヤーンハレー
栂の木は
ヤーンハレー
栂の木は
ヤーンハレー
三がの国に蔭をなす

(収録日 1994年〈平成6)8月2日)

解説

 田植え歌は出雲地方や石見地方の東中部あたりでは、うたわれる順番が決められている「さげ歌」も多いが、歌によってはいつうたってもよい「かつま」と称する歌もある。ここに挙げた「横田では」の歌は、後者であり、当地では広く親しまれていた。
 もっとも現在では田植え歌などをうたいながら田植えをする風習も、儀式的に行ったり、古式を踏まえて昔の田植え風俗を再現するような、特殊な場合を除いて消えてしまっている。機械を使って行う田植えには、このような田植え歌などはなじまないからである。
 ところで、この歌に出ている船通山について述べておく。仁多郡奥出雲町の横田地区に属し、標高一一四二.五メートル。斐伊川の源となっている。昔は古事記神話「八岐大蛇(やまたのおろち)」で知られた舞台になったところである。そのため、神話で八岐大蛇の尾から出現したとされる天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)出剣の地という記念碑も存在している。
 この山は明治以前の行政区画で、出雲国(島根県)、伯耆国(鳥取県)、備後国(広島県)と三か国に接していたため「三がの国に蔭をなす」とうたわれているのである。
 また「蔭をなす」のは「栂の木」となっているが、この木は「ツガ」とも呼ばれている。『大辞林』(三省堂)で見てみると以下のように出ている。すなわち、
 マツ科の常緑高木。山地に自生。幹は直立し、30メートルに達する。葉は線形で枝に二列に密生する。雌雄同株。雌花・雄花とも枝端に単生。球果は小さい長卵形。材は建材・器具材・パルプに、樹皮からはタンニンをとる。近縁種にコメツガ・カナダツガなど。トガ。栂の木。
 つまり、この栂の木は船通山にたくさん自生しているので、なじみの植物というわけである。
 そしてこの田植え歌は、ここ船通山にある栂の木はとても見事なもので、旧三か国にわたって蔭をさしかけているというすばらしさを、誇らかにうたいあげているのである。伝承歌であるだけに、それを誇る人々の素朴な気持ちが快く響く。
 筆者は一九六七年(昭和四十二年)から6年間、当時の横田町立鳥上(とりかみ)中学校に勤めていたので、ここでも多くの古老からこの田植え歌は、よく聞かされていたので、懐かしい歌の一つなのである。