良い良いと吹けど囃やせど(田植え歌・鹿足郡吉賀町椛谷)
語り(歌い)手・伝承者:大田 サダさん・1897年(明治30年)生
良い良いと 吹けど囃せど
わが親ほどにゃ ござらぬ
親里に行くと語ろう
殿御の親の次第を
親里に行くと語るな
みな姑(しゅうとめ)の習いよ
習い習いと お言やる殿の
邪険(じゃけん)な
親里に行くは街道
帰りの道は関山(せきやま)
関山におしや赴く
帰しゃる親の心を
(収録日 1963年(昭和38)9月7日)
解説
何とも切ない田植え歌であることか。「田丸節」と称するこの歌を聞いたのは、1970年(昭和45年)頃だった。録音テープは持っているものの、うかつに収録年月日をメモすることを忘れていたが、わたしが柿木中学校に勤めていた折に、毎週のように大田さん宅を訪問して、当地の習俗を節蔵・サダご夫妻からうかがっていたから、およの見当がつく。
親里に…………………5
行くと語ろう…………7
殿御の親の……………7
次第を…………………4
歌の音節数はこうなるが、この5774の詩型は、いわゆる古代調とされている。したがってかなり古いタイプのスタイルを持った歌であることが分かる。ただ、内容的には嫁入り婚の姿を示しているので、詞章は江戸時代くらいに成立していると推定したい。
内容は説明する必要もないくらい明白である。簡単に全体を通して解釈しておこう。
あの家の姑はとても良い人だと、仲人から聞かされて来たものの、聞くと実際とでは大違い、決して自分の親のようには親切ではありません。
実家へ帰ったら、そのときこそ、平素、姑にいじめられても我慢してきたことを、こと細かに話しましょう。
そんなバカなことを実家で話しなさんな。世間の姑は、みなそんなものだ。うちの母が特別ひどいとおまえは思いこんでいるだけなのだから。
それが世間の常だ常だと諦めさせ、実家に帰っても話すなとおっしゃるあなたの気持ちは、なんとまあ冷たく意地が悪いのでしょう。
実家への道は、心も飛び立つように弾み、道もなだらかですが、再び婚家へ帰る場合は、同じ道でも関所のある険道難路を行くようで、足がなかなか前に進みません。
関所のある険道難路を行くように、婚家へ帰るのを嫌がっている娘も可哀想だが、それを勇気づけ、むりに帰させる実の親の心の中は、いったいどんなであることか。
なかなか意味深長な田植え歌である。