麦搗きゃ何よりこわい(麦搗き歌・隠岐郡海士町保々見)
語り(歌い)手・伝承者:井上ヨシさん・1902年(明治35年)生、川西ツギさん・1899年(明治32年)生
(A)ハア 麦搗きゃ
何よりこわい
(B)アラ やめにして
寝るが楽
(A)寝るは楽
何よりこわい
(B)アラ やめにして
寝るが楽
(A)アー 行きやるか
いつ戻りゃるか
(B)アラ 五月の
中のころ
(A)中ごろで
いつ戻りゃるか
(B)アラ 五月の
中のころ
※(A)の詞章は音頭取りとして井上がうたい、(B)は川西さんがつけてうたわれた。
(収録日 1985年(昭和60)8月)
解説
離島である隠岐島の島前地区、海士町保々見でうたわれていた素朴な麦搗き歌である。音頭取りがうたいかけると、それに呼応して、別の人が後の詞章をつける。そういう繰り返しで、歌は続けられていく。
歌の内容であるが、「辛い麦搗きをするよりは、そのような面倒な仕事はやめておいて、横になって寝ているのが楽だ」というのである。人間の楽をして過ごしたいという本能が、そのままうたわれているだけである。厳しい農作業が続き、そうしなければ生活できなかった、かつての人々の姿が、このストレートにうたった詞章の背後から見えてくるようである。
二つめの歌はどうだろうか。近所の人かだれかが、旅に出ようとする人物に「出かけるのですか。お帰りはいつになるのですか」と話しかけている。聞かれた本人は「そうですね。帰りは五月の中ごろになりそうです」などと応じるのである。平素の何気ない会話が組み込まれた単純な内容である。
詞章を音節数で見てみると、これまでよく出てきた七七七五の近世民謡調とは違っている。囃し詞や返しを別にして眺めてみよう。
麦搗きゃ……………4
何よりこわい………7
やめにして…………5
寝るが楽……………5
行きやるか…………4
いつ戻りゃるか……7
五月の………………5
中のころ……………5
二つとも4755調となり、ちょっと変わった形になっている。
これは古代調といわれている5774の音節数から成る歌でもなく、盆踊り口説きに見られる7777…と続く形でもない。ましてや57577短歌スタイルでもない。この「麦搗き歌」はまったく独立したスタイルを持っている。
筆者は詞章の素朴な点と、単純なスタイルから見て、この歌も案外、成立した時代は、かなり古いのではないかと想像しているのである。