雨が降りそな台風が来そな(田植え歌・鹿足郡吉賀町下須)
語り(歌い)手・伝承者:川本 一三さん・1964年(昭和37年)当時53歳
雨が降りそな
台風がしそな
思う殿御さんが
流れそな
(収録日 1964年(昭和39)2月21日)
解説
田植え歌の中でも7775の音節数からなる、近世民謡調のものを、ここ吉賀町あたりでは端歌(はうた)と称し、出雲地方などのように「かつま」とは言っていない。
それはともかく、この詞章の大袈裟(おおげさ)なことはどうだろう。
恋に身を焦がした娘心なればこそ、雨が降りそうな気配から、次々と先を読んで、一人で心配しているさまを、おもしろおかしく表現している。
厳しく辛い田植え仕事も、こうした愉快な歌を口ずさむことによって、労働の苦しさを忘れさせ、作業を捗らせるのであろう。
川本さんは、次々とそのようなラブソングをうたってくださった。
思う殿御が
ちらちらすれば
いらぬ水まで
汲みに行く
この歌もまた女性の恋心を見事にうたいあげている。
さまは三夜の
三日月さまよ
宵にちらりと
見たばかり
会いたいと思っても、なかなかそううまくはことが運ばない。そのような現実をうたっている。
川本さんは、本当にこのような労作歌がお好きであった。その気持ちは、以下の歌に託してうたっておられたようである。
わたしゃ歌好き
うたわにゃならぬ
歌でこの身は
果ててでも歌え十八
声張り上げて
声の出るのは
若いとき
そうかと思えば、次のような歌で笑わせられたこともある。
うたえうたえと
せき立てられて
歌は出ませぬ
汗が出る
出ませぬ 歌は
歌は出ませぬ
汗が出る
これらの歌は、筆者が30代になるかならないかのころうかがった。江戸時代の終わり頃出た民謡集『山家鳥虫歌』ではないけれど、そこにあるのと同じような歌が、いくらでもうかがえたことが、本当に懐かしい。