酒屋 酒屋と好んでも来たが(もとすり歌・浜田市三隅町岡見)
語り(歌い)手・伝承者:寺戸歳男さん(1908年・明治41年生)
アラ酒屋 酒屋とヨー
好んでも来たが
アラ務めかねますノーオー
この冬は
アラ酒屋杜氏さんとヨー
ねんごろすれば
アラ蔵の窓からノーオ
粕くれる
ヤレ宵にゃもとする
夜中にゃ甑
ヤレ朝の洗い場がノーオ
辛うござる
アラ朝の洗い場は
辛くはないが
アラ独り丸寝がノーオ
辛うござる
ヤレ酒屋もとすりゃ
もとが気にかかる
コラ帰りゃ妻子がノーオ
泣きかかる
以上は酒屋杜氏が、作業のさいにうたう「もとすり歌」と称するものである。
続いて以下は、同じく「桶洗い歌」といわれている作業歌である。
ヤレ酒はよい酒
酌取りゃなじゅみヨー
ヤレわたしゃ一粒(いちりゆう)
ヤレ流れちゃいやじゃヨー
ヤレ共に入りたやノー
ヤレ桶の中ヨー
ヤレ親の意見と
ヤレ茄子の花はヨー
ヤレ千に一つもノー
ヤレ仇もないヨー
ヤレ千里飛ぶよな
ヤレ虎の子がほしやヨー
ヤレ便り聞いたりノー
ヤレ聞かせたりヨー
ヤレ暑い寒いのヨー
ことづけよりもヨー
ヤレ金の千両もヨー
ヤレハー送りゃよいヨー
(昭和35年3月27日収録)
解説
いずれも寺戸歳男さんが、みごとな声量でうたってくださった酒屋杜氏の作業歌である。
今から六十年以上も前の記録ではあるが、うたってくださったときの豊かな声量の声は、今でも筆者の頭の中にはっきり残っている。確か昭和三十六年のいつだったか、まだテレビ放送も開始されていなかったし、ラジオによる民間放送もなかった時代であったが、どういう因縁だったか、NHK松江ラジオ第一放送で、この杜氏歌を、島根県下に放送したことがあった。
もちろん、事前に寺戸さんには知らせておいた。当時のこととて、ラジオ放送をするということだけで、田舎では大事件であり、寺戸さんも喜ばれたことだったようで、「聞きました」と便りをくださったものである。