三枚のお札

語り(歌い)手・伝承者:鳥取県智頭町 大原 寿美子さん(明治40年生)

 昔あるときに、高いところにお寺があって和尚さんと小僧さんがいたそうな。寺の後ろは大きな山があり、そこには大きな栗の木があって、風が吹くとその実がいくらでもぽたぽたぽたぽた落ちるそうな。それで小僧さんが、
「何でもまあ、栗拾いに行きたい」と言うと、和尚さんは、「鬼婆がおるけえ、この裏の方へは行かれん」と言うが、小僧さんがどうしても行きたいと頼むので、和尚さんもしかたなく、お札を三枚渡してやって、
「危ないおりには、これを頼むじゃぞ」と言って出したそうな。
 小僧が行ってみると、たくさん大きい栗が落ちているので、それをいくらでも拾って食べていると、とても器量のいい小さな婆さんが出てきて、
「小僧さん、小僧さん、こっちへ来てみんさい。なんぼうでも栗があるわ」と言うので、おばあさんについて行くと、ほんとうに大きな栗がいくらでもあるので、拾って食べていたら、いつの間にか日が暮れてしまって、帰れなくなってしまった。そうしたら、おばあさんが、
「あそこに小さい家があるけえ、泊まって、明日の朝いぬるがええ」と言う。
  小僧もしかたなくついて行くと、おばあさんは栗を作って食べさせたり、ゆでて食べさせたり、腹いっぱいになってしまった。小僧が眠たくなってきたら、おばあさんは布団を持ってきてくれる。疲れているのでぐっすり眠ってしまったが、夜中に小僧がふと目を覚ましたら、雨垂れが、

 小僧や 小僧や 婆さんの面ぁ見い
 小僧や 小僧や トンツラ トンツラ

と言っている。小僧はそれを聞いて、ひょいっとおばあさんを見たら、おばあさんはいつの間にか鬼婆に変わっており、頭には角が二本出ているし、口は耳まで裂けているし、さらに口からは紅のような舌を出している。
ー恐ろしや… やれこれーと思って、小僧は起き上がって帰ろうとすると、鬼婆が聞いてくる。
「何すりゃあ」
「便所へ行って、小便が出したい」
「小便が出したけりゃ、そこへひれ」
「こんなとこへは、もったいのうてひれん」
「ほんなら、まあ、行け」と言って、鬼婆は小僧の腰に綱をつけて便所に入れ、外で待っている。
  小僧は恐ろしくなって、和尚さんにもらったお札を一枚出して綱にくくりつけ、お札に、
「『まんだ出る。まんだ出る』言え」と頼んで、窓からとんで出て一生懸命に逃げたそうな。内では、
「まんだ出んだか、まんだ出んだか」と鬼婆が言えば、
「まんだ出る。まんだ出る。まんだ出る……」とお札が言うが、あんまり長くて不思議に思った鬼婆が、開けてみたらお札に綱が結びつけてあり、そのお札が言っている。
「こりゃまあ、いけん、ほんにほんにだまされたか」と追いかけたところ、鬼婆は足が早く、もうほとんど追いついたかと思ったとき、小僧はもう一枚のお札を後ろへ投げて、
「砂山出え」と言ったら、とても大きな砂山ができたそうな。鬼婆がその山に上がると滑って落ちる。上がるとずるっと落ちる。なかなか上がれなかったが、それでもやっと上がって向こう側へ下り、また小僧さんに追いつきかけたところ、小僧さんは最後のお札に、
「大きな川を出してくれ」と頼んで後ろに投げたら、また大きな川ができて、鬼婆はその川がなかなか渡れなくて、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりしているうちに、小僧がやっと寺へ帰ることができたそうな。それで、
「和尚さん、今もどった。和尚さん、今もどった」と言ったけれど、和尚さんは知らん顔をしていてなかなか戸を開けてくれない。
「今、鬼婆がここを通りかかるけえ、早う早う」言って、戸をやっとのことで開けてもらい、小僧さんは大根壷の中に隠してもらい、和尚さんはその蓋をピシャンと閉めたとき、鬼婆がやっと川を渡り終えてごとごと入ってきたそうな。
「今、ここへ小僧が入ってきたふうなが、小僧はどこへおりゃあ。」
「ふん、小僧は来りゃあせん」。和尚さんは、そう言いながら囲炉裏にいっぱい餅を焼いて食べていたそうな。
「おお、何ちゅううまそうな餅じゃ、うらにもそれえ一つ呼んでごせえ。餅は大好物じゃ」
「うん、そりゃあ呼んだる、呼んだる。そげな餅どもはうちゃ何ぼうでもあるけえ。それより先、おまえもこがいな鬼婆いうぐらいのもんじゃけえ、化けることはできよう」
「うらも化けるし」
「そんなら、おまえから先化けてみい」
「ほんなら先、化ける」
「高つく、高つく、高つく、高つく………」。
  和尚さんがそう言われていると、鬼婆は高くなって天井までつかえてしまい、もうそれ以上は高くなれなくなったので、今度は、
「低つく、低つく、低つく、低つく………」と言っていると、本当に小さくなって豆ぐらいになってしまったそうな。するとそれを見ていた和尚さんは、焼けて熱くなった餅を二つに割って、その豆ぐらいになった鬼婆を、餅の中にぴっと挟んで入れて、自分の口の中へ放り込んでがきがきがきがき噛んで、食べてしまったそうな。
  それからは鬼婆は出ないようになったとや。そればっちり。

解説

 この話は昭和54年9月にうかがった。この「三枚のお札」では、和尚さんの言いつけを聞かずに、誘惑に負けて栗を拾いに出かけた小僧さんが、鬼婆の化けたおばあさんに、危うく食べられそうになりながら、危機一髪、もらった呪宝の三枚のお札を使って、鬼婆の魔手から脱し、和尚さんの機転でその鬼婆も退治されるという物語である。
  この中で、呪宝を後ろに投げて危険から逃れるモチーフは、古く「古事記」神話に出てくる。かのイザナギが死んだ妻イザナミを黄泉国に訪ね、約束を破って妻の姿を見たため、醜女たちに追われて逃げ帰るさい、ミズラ(髪の両側の編んだところ)に挿していた櫛を後ろに投げると、たちまちそれは葡萄とか筍に変わり、醜女がそれを食べている間に逃げて行くところにそれはオーバーラップする。また、最後に鬼婆が和尚さんの計略にまんまと引っかかり、「高つく、高つく、高つく、高つく……」。の和尚さんの言葉で高くなり、今度は「低つく、低つく、低つく、低つく……」の言葉で低くなって行くモチーフは、例えば柳田国男の「妖怪談義」中の「タカボウズ」につながる。これは、香川県木田郡などで言われる妖怪で、背の途方もなく高い坊主である。道の四つ辻にいるという。徳島県の山城谷などでは高入道と呼ばれ、正夫谷という所に出、見下せば小さくなるとされる。また、「シダイダカ」というのもおり、徳島県の高坊主とよく似た怪物を山口県や島根県西部では、このように呼んでいる。人間の形をしていて高いと思えばだんだん高くなり、見下してやると低くなるという。なお島根県の場合は、江津市二宮町、跡市町、都野津町などに聞かれる。邑智郡桜江町川戸では、次第高が出たら、股の下から見なくてはならないという(参考・森脇太一編『桜江町誌』)とあるが、これらは鬼婆の「高くつ」や「低つく」とどこか関連を感じさせるようである。
  このように「三枚のお札」の話は、あるいは『古事記』とか、他の地方の素朴な妖怪話と微妙なつながりを持ち、わたしたちに聞いておもしろい展開を見せてくれるのである。