毘沙門天からの福もらい

語り(歌い)手・伝承者:鳥取県大山町 片桐利喜さん(明治30年生)

 なんとなんとあるとこに大きな長者があって、大歳の夜が来たのでそこの奥さんが女中さんに、
「家はなあ、三日のなかい(間)は火が消されんだけん、がいなげな(大きいような)ロッポウを囲炉裏にくべちょいて、その火で朝ま、餅煮いだけんな」と言って聞かせなさったのだそうな。
  一日の朝まは、大晦日の夜に女中さんがしっかりと火を留めておいたので、オキ(残り火)があった。女中さんはそれで餅を煮て、
「旦那さん、かみさん、餅が煮えたけん起きなはいよ」と良い正月が迎えられたそうな。それから、二日の朝まも起きてみたら良い火があったので、また、餅を煮ることができて、旦那さんや奥さんも起きて食べなさったそうな。
  ところが、どうしたことか、三日の朝ま、暗いうちに起きてみたところが火が消えてしまっていたそうな。
”さあ、これどげすうだ。困ったことしたわい”と思って、女中さんが裏門へ出て泣いていたら、先の方で火が見えるものだから、
”あら、あすこに火が見えーだけん、行きて、はや、火の種もらって戻って、みんなが起きんはれんなかいに(起きられないうちに)、餅煮ちょかなならん”と思って行ってみたら、大きな大きなおじいさんが死んだ者を焼いておられたそうな。それから女中さんが、
「なんとこげこげなわけで、火の種もらわれえへんだらあか」と言ったら、
「この人間の脚、片脚いなっていにゃ(担いで帰れば)、この火の種やあ」と言っておられる。
  しかたがないものだから、女中さんはその脚を一本もらって、持って帰って、ニワの先にムシロでそれを隠しておいて、そうして餅を煮て、
「旦那さん、かみさん、餅が煮えましたけん」と言ったら、旦那さんや奥さんは起きて餅を食べかけなさったたところが、ニワ先の何だかムシロの下の方からフカフカフカフカするものがある。それで旦那さんが、
「これ、姐や、ありゃ何だい」と聞かれたそうな。それであったことを言わなければならなくなったので、とうとう女中さんは白状したのだそうな。
「こげこげなわけで囲炉裏の火が消えちょって、火もらいに行きたら、がいな(大きな)おじいさんが人間の死んだもん焼きなはりよって、もらって戻って、火い焚きました」。
「まあ、そげな人間の脚やなんだか… 行きてはぐってみい」。
  女中さんはしかたなくニワへ出てムシロをめくって見たところが、どうして人間の脚でしょうか。たくさんの小判がキラーキラーしており、人間の脚ほど本当にたくさんあったそうな。それから、
「おまえ、なんてことだらかい」と旦那さんや奥さんが驚かれたそうな。
  それは三日の朝まは毘沙門さんが、朝早く起きていると金を撒いて回られるのだそうな。しかし、起きていなくて投げてやることができずに残っているのを焼かれるところだったのだけれども、その女中さんの心がけがよかったので、毘沙門さんがその女中さんに小判をたくさん授けられたということだったそうな。
  そういうことから、三がの朝まはみんなが朝早く起きて、家の戸を開けておくものだと言っています。またムシロですが、正月はわたしたちが小さいときには、ニワの先に必ず吊っていました。それもその因縁からだと伝えています。
  さて、その女中さんだけれども、たくさんの金があったので、そこでとてもかわいがってもらって、そこから嫁入りさしてもらったのだそうな。
  その昔こっぽり。

解説

 昭和61年8月、お宅でうかがった。 片桐さんの話は、一般的な風習である大歳の夜から元旦にかけて、囲炉裏の火は決して消してはいけないということを踏まえたものである。そして、この話ではその元旦だけではなく、正月三日まで火を絶やさないとしているのであるから、実に古風で丁寧なしきたりを温存しているといえる。
  本来、新年には平素は常世におられる歳神様が各家を訪れ、幸せを授けて回られるものとする信仰が存在している。毘沙門天もそのような神の一つであろう。
  さて、この話では、下女が三日の朝早く起きたら、囲炉裏の火が消えていたので裏門に出ると死人を焼いている者に出会う。事情を話してその火をもらい雑煮を作ることにする、という筋書きで発展していく。ところが、下女が死人の足だと思ったのは実は毘沙門天が朝早く福を配って歩いていたが、まだ寝ていて戸の開けていない家にはそれを配ることが出来ず、余った福を燃やしていたものであり、下女の頼みでその福を毘沙門天が渡してやったのだということになっている。そして片桐さんの話では「だから、三日間の朝はみんな早く起きて、家の戸を開けておくものだと今でも言われている。」とか「正月のムシロについては、わたしたちが小さいときは、ニワの先にどうしても吊っていましたが、その因縁だといっています。」などと当地の風習の起源を説明している貴重なものなのである。