にわか武士

語り(歌い)手・伝承者:鳥取県東伯郡三朝町大谷 山口 忠光さん(明治40年生)

 昔あるところになあ、侍に好いた好いた人がおって、侍にになりたくてたまらないけど、侍にゃあようならんし、何とかなりたいもんだと思っていたそうな。
  あるときその人が旅に出ようと思って、山道を行っていたら峠にさしかかった。ところが、峠に石の上へ腰をかけた侍さんが、ちゃーんと座っておるのだって。その人は、侍さんだから、無礼があったら斬られるだろうと思って、
「お侍さん、ご苦労さんでございます」と言ってもその侍は返事をしない。いくら「ご苦労さんでございます」と言っても返事をしない。それから側へ行ってつついてみると、その侍さんは目を剥いたまま死んでいる。
ーおお、こりゃあまあ死んどるわい。やれやれ、こりゃあええことだ。わしゃ侍になりたいと思っとったに、これが死んどるけえ、ちょうどこんなのべべえをはいだれーとその人は思って、それから侍さんの着物をみなはいで、自分が着て、自分の着物を侍に着せて、それから刀差いて峠を越えて行っていたところが、殿様の行列がやって来たのだそうな。
ーこりゃあえらいもんが来た。ひっかかったらこわいーと思って、それからその人は畑の方に飛び降りて隠れていた。そうしたら殿様の行列がそれを見つけて、家来に、
「今、そこへ行ったんは、あれはだれだか聞いてこい」って殿様が言われたそうな。それから家来が聞きに行った。
「おまい、何ちゅう名前だ」て言ったら、早速のことで名前は出んし、
ーはあてなあ、何だってったらええかーと思ったら、そこが畑だったから、縁の方に青菜がいっぱい植えてあるし、それからへりの方にカンピョウがあったって。その人は、
ーこれこれーと思って、
「青菜カンピョウと申します」と言ったら、
「はあ、そうですか」と使いはそのことを殿様に言った。すると殿様は、
「はあ、青菜カンピョウか。わしの家来にならんか聞いてこい」。それから家来がまた行って、その人に殿様のことばを言ったところが、
「はあ、家来にしてもらいます」ということになった。それから家来にしてもらって、宿へついたところが、どこの家中でもあるようで悪い家来もおって、それがその宿で、
ー殿さんを殺いたれーっーと思って、ねらっていたところが、それとは知らずに、その青菜カンピョウが隣の部屋で見ていたら、弓が立てかけてある。槍もある。いろいろとある。その弓を持って引いていたら、ふーっと手がはずれて、矢が飛んでしまったって。そしてその矢が、その殿様を殺そうと思ってねらっていたやつの目の玉へ当たって、それで死んでしまった。それで殿様が、
「いったい何でおまえはこれを知っとった」と言われる。
「いや、わたくしは目ん玉は両方ありますけど、毎日、一晩のうちに片っぽうずつしか寝ません。夜中まで右の目で寝たら、夜中から夜が明けるまでは左の目で寝ます。それで半分の目はちゃんといっつも起きとります。それで分かったです」
「はーあ、りっぱな心がけだ。はいっ、褒美をとらせる」。そういうことで、
ーやれやれいい気をしたわいーと思って、そいからひょっと、またついて行ったところが、次の宿へ泊まるようになった。
  ところがそこの近くに、大きな溜め池があって、そこに蛇が出るという話だ。
「殿さんに蛇を退治てもらいたい」と村の者が願い出てきたので、さあ殿様が、
「おい、蛇を退治る者はないか」。たら、その青菜カンピョウが、
ーやれやれ、この侍暮らしはいやになったけに、何でも逃げたらないけん」と思って、
「はい、わたくしがやります」と言った。それから行きがけに、昔は米を挽いて粉にして、その粉をなめていたから、その粉を二袋買って、そうして出かけたそうな。そして他の家来といっしょについて行っとったのだそうな。
  その蛇の住んでいる池まで行って、
ーさーて、困ったもんだ。こいつ、家来がおらにゃ、おら逃げたるだけど、家来がおるけん逃げようはないし、困ったもんだーとぶつぶつ言った。そうしていたら、池の中からぶくぶくっと泡がたったと思ったら、蛇が頭を出してきて、ひょーっとこっちへ向いてやってくる。ああ、青菜カンピョウは恐ろしくてかなわないそうな。
ーあーら、どうしたもんかーと思ったが、名案が浮かんだそうな。買っておいた粉を袋ごと、蛇の口めがけてたーっと投げたら、その袋をごぼっと蛇がくわえたそうな。何しろ中が粉なんだもんだから、蛇は喉へつまって息ができんようになって、とうとうそこでのびてしまったって。
「さーあ、しめたもんだ。おい、死んだ死んだ、おい、おまえらち、これをひっくくって持って帰ろう」と言って。
  さーあ、それで持って帰る。青菜カンピョウはまた殿様からご褒美をいただいたそうな。しかし、青菜カンピョウは、
ーこりゃあ、とってもいつまでもこがないい話ばっかりはないから逃げにゃあいけんーと思って、それから夜の間に、その宿を抜けて逃げてしまったって。
  そういう話。昔こっぽり。

解説

 昭和63年3月にうかがった話である。
 さて、士農工商と身分の固定していた時代、武士に憧れた村人がいたとしても不思議はない。この話はそのようなかなわぬ夢を追っていた人々の心理の中から生まれ出たものと想像される。関敬吾博士の『日本昔話大成』によって分類の位置づけを見てみよう。それは「笑話」の「2 誇張譚」の中に次のように紹介されている。

 466 炮烙売の出世(AT1640)

 1、ある男が死んだ侍を発見し、その着物、大小を盗んで偽侍になる。2、(a)弓矢をいたずらして盗人(鳥)にあたる。(b)落馬して鳥を拾う。(c)化け物退治を命じられる。女房がその男の素性を疑い、殺そうとして弁当に毒を入れる。化け物がそれを食って死ぬ。(d)麦粉が化け物の口に入って退治する。3、幸運を得て、結婚する。(怪我の功名・運の良い俄武士ともいう)。

山口さんのこの話は基本的にこの分類に当てはまる話である。