正月の神さん(歳事歌)
語り(歌い)手・伝承者:松江市島根町多古 小川シナさん・明治32年生
正月の神(かん)さん どこまでござった
大橋の下(した)まで 破魔弓(はまゆみ)を腰に挿いて
羽子板を杖にして えーいえとごっざった
(昭和59年7月収録)
解説
正月が近づくと子どもたちは、正月を擬人化したようなこのような歌をうたって、来るのを歓迎した。全国各地にこの類の歌は存在している。少し紹介しよう。
鳥取市用瀬町鹿子では、
正月さんはどーこ どこ
万燈山の裾の方 白い箸にバボを挿いて
食いきり 食いきり 今日ござる(小林もよさん・明治30年生)
米子市大谷町では、
正月つぁん 正月つぁん どこまでござった
勝田(かんだ)の山までござった 山百合 杖について 羽子板 腰にさし
栗の木箸に団子挿して かぁぶり かぁぶり ござった(船越容子さん・昭和3年生)
もうすぐそこまで正月はやって来ている。自分たちの住むところへもすぐに来るのだ。そのような弾む心がこの歌からはうかがえる。しかも、その正月さんは、正月の象徴である土産を持って来てくれるのである。松江市島根町では破魔弓や羽子板を持って、また、鳥取市用瀬町では白い箸にバボ、すなわち餅を挿し、米子市大谷町では山百合の杖をつき、羽子板や栗の木箸に挿した団子を持って来てくれるのである。
それではこれらの土産を持ってきてくれる「正月さん」とは何者であろうか。それはいうまでもなく、季節ごとに姿を変えてやって来、わたしたちが正しい生活を行っているかを、点検し、心正しいものが困っていれば幸せを授け、怠け者がいればそれを戒めるために来る祖霊、すなわち先祖の神なのである。