海老と大鳥
語り(歌い)手・伝承者:島根県浜田市三隅町古市場 西田丈市さん・明治26年生
昔、あるところに一羽ばたきに三千里、二羽ばたきで六里も飛ぶ、大きな鳥がおりましたそうな。そして、あるときその鳥が、
-わしより大けな鳥はおるまい-
と思って、ある朝、早く西の果てを見ようと思って、羽ばきはじめました。
ところが、一日経って夕暮れになりまして、
-今夜はどうでも泊まらんにゃあならんが、何かええ宿がないやら- と捜していましたところが、海の中に大きな二本の柱がっておりました。
-この柱に止まって休んでやろう-
そう思った鳥は、その柱の上へ止まろうと、降りましたうな。そうしたところが、
「きさま、わしの鼻ひげへ止まったが、無礼じゃ」と声がました。大きな鳥は、
「これはさっぱりしもうた。わしより大きいものはおらん思うとりましたが、これが鼻ひげちゅやあ、こりゃ負けたと言いましたそうな。
その鼻ひげの主は海老(えび)だったそうな。
それから、今度はその海老がまた、
-わしより大けなものはおるまい-
と思って、西の果てを捜して泳ぎだしました。ずんずんずずん泳いでおりましたところが、また日が暮れて晩になりしたから、宿がないかと捜しておりましたところが、大き岩の穴がありました。海老はその岩の穴に入って、
-今夜はここでやすもう-
そう思って休んでいましたら、だれかが、 「こそばいい」と言います。よく聞くと、
「わしの鼻の穴へ入ったが、こそばいい」
「何を言うか。わしよりいかい(大きい)ものはおらんと思うておるのに」と海老が言いましたところが、その声の主は、「出んようなら、こづき(つつき)出いちゃる」と言いまた。それは赤エイの鼻の中だったのです。
海老は赤エイとは知らずに、赤エイの鼻の穴の中に入っいたのです。
それで赤エイが「クスン」と咳(しわぶき)をしました。
そうしたら、海老は向こうの岩にひどくぶつかってしまて腰が折れてしまいました。
それ以来、海老というものは腰が曲がっているのです。
解説
昭和35年3月にうかがった。実にスケールの大きな話ではある。この話をうかがった当時は、わたしが昔話収録を始めて間もないころのことであった。話の中で西田さんは咳(せき)のことを「しわぶき」と表現された。これは言うまでもく咳の古語である。わたしは自然な調子で古語を駆使して語られるこの話に、不思議な気持ちになりながら楽しく耳を傾けいたことを思い出す。そしてこの話では大きいものとしては他にも上には上があるのであるから、自分が一番上であると心してはならないという教訓がそれとなく示されているよう思えるのである。また、どうしたことかこの話は、その後、いくら捜してもわたし自身は他の人からは二度と聞き出せない貴重なものでのある。
これは関敬吾博士の『日本昔話大成』では「笑話」の中の「巧智譚 A 業較べ」となっている。
482 大鳥と蝦(AT2015、1960、1961J)
1、大鳥(鶴・鷹)が自分が世界で一番大きいと考えて旅に出る。一日がかりで蝦(えび)の角の間を飛ぶ。2、蝦が一番大きいと考えて、洞穴(ほらあな)から洞穴まで泳い渡ると、鱏(えい)(鯰・鯛・鯨・亀)の鼻の穴。3、鱏のくしゃみで吹き飛ばされて、蝦は岩に打ちつけられて腰が曲がる。4、鱏が蛤(はまぐり)の口の中に泊まる。5、蛤が海辺に打ち上げられて医者(子供)に拾われる。だから人が一番大きい。
こうして人間が一番大きいことになっているのである。