蛸屋八兵衛

語り(歌い)手・伝承者:隠岐郡知夫村薄毛  前横 ヨキさん・明治26年(1893年)生

 とんと昔があったげな。
 蛸屋(たこや)八兵衛という人がこの薄毛地区にいたが、嫁はなし、子どもはなし、毎日毎日タコを捕りに行くけれど貧乏暮らしをして、小屋みたいな家にたった一人で住んでいたげな。
この男は今日もタコを捕り、明日もタコを捕り、毎日毎日こうしてタコを捕っているものだから、そこから蛸屋八兵衛と名をつけたげな。
 八兵衛はこうしてタコを捕って、自分は何もせずにいたから金が貯まったそうな。けっこう金が貯ったので、八兵衛は、
ーま、こりゃ、旅行しよう。ええとこを見てこようーと思って、ぼろを着て旅行に出たそうな。
 それから八兵衛は大阪の天王寺さんに参って、金の茶釜を買って供えたげな。そうしたところが、
「あの人はぼろを着とるが金の茶釜をあげた」といって評判になったそうな。
けれど、
ー今夜はどげだり泊まる宿がないーと八兵衛が困っておったところ、ある長者がやって来たげな。
「頼むけえ、うちへ泊まりに来てごせ」
「そがぁなあ、わしゃなりが悪うて泊まりゃぁせん」
「なりゃ悪うても、頼むけぇわしんとこへ泊まってごせ」とその長者が前へついて、八兵衛を連れて帰ったげな。
「こりゃなあ、金の茶釜を上げちょったけえ、なりは汚うてもええ人だけえ、親方はなおこういうふうをするもんだけえ、丁寧に取り扱え」と長者は家内の者に言って、ご馳走の山を作って勧め、また、八兵衛の着物を全部脱がして風呂に入れたそうな。それから、風呂から上がると今度は絹の小袖の丹前を着せてあげたそうな。八兵衛は、
「これはもったいない。やあ、こりゃもったいない」と言う。
 そして、家の人が八兵衛のこれまで着ていたぼろを竿に掛けたところが、シラミがごろごろして出てきて、汚いとも汚いとも、けれども長者は、
「いや、汚いことはない。こがあな者が親方だけえ」と喜んだげな。
 ところで、ここの家には娘が七人おったそうな。長者は八兵衛に、
「嫁はおるか」と聞くと、
「いや、嫁はない」と答える。そこで親方は娘たちを並ばせて、
「あんたがよいのを嫁にやるけに、選り取りみどりだ。どれがいいか」と言って、嫁合わせをしたげな。八兵衛は、
「ちょうど年頃もよし、まん中のをもらう」と言う。
「そんならこりょうやるけえ、来年の正月の十五日に祝言に迎えに来てごせ」
「迎えに来るけえ、それまで預かっておいてごせ」
 そう言って八兵衛は自分の小屋のような家へ帰ったげな。
 八兵衛の小屋のような家の近くに、新宅の大きな家があるそうな。八兵衛は、そこへ行って頼んだそうな。
「すまんがここを婚礼のときだけ宿を貸してごせ。もだれ(軒先)に蛸屋八兵衛という表札を掛けてごせ。頼むけえ、そうしてごせ」
「それならそうしてやるけえ」
 そしてそこへ「蛸屋八兵衛」と表札を書いておいて、それから正月の十五日が来て、みんなの人を頼んで嫁さんを迎えに行かせたげな。
「さあ、蛸屋八兵衛さんから迎えが来た」というので、長者の家では娘さんに衣装を着させ、荷物もたくさん持たせて長者一族もそろって来て、新宅へ入って行ったそうな。
「ようこそ来てくれた」と八兵衛は一行を迎えたげな。
 婚礼もすんで、みなが帰って二、三日もしたら、嫁さんに向かって八兵衛は、
「本当のわがとこへ帰ろう」と言ったそうな。
「わがとこは、どこですか」
「ここだ」と、小さい小屋へ嫁さんを連れて帰ったそうな。
「こがあなとこでも、おまやあ来てくれたで」
「まあ、どがあなとこでも来た以上は、わしもがまんします」
こうして二人で生活を始めたけれど、蛸屋八兵衛の方は夜になるとタコを捕りに漁に出る。嫁さんは毎晩、毎晩一人寝するのに、夜中の十二時ごろになると、カアンゴオンと音がするのだそうな。
 それが寂しくて男は、
「漁をしに出る」。「漁をしに出る」と言って出てしまうのだげな。
 そうしていたところ、毎晩、やはり、そのカアンゴオンという音が続くので、肝の太い嫁さんは、
「何の精(しょう)あるものか、ないもんか」と言ったそうな。
「精あるもんだ。わしは金の神だ。ここの部屋の下、軒下を掘ってみてごせ。金がほろんで(埋めて)あるから、出してくれ」と言うんだげな。
 そこで八兵衛が帰ってきてから人を頼んで、ある日、そこを掘ったところが、壷に金がいっぱい入っていたそうな。
 それで蛸屋八兵衛は長者になったって。
 その嫁さんには、金の神さんがついて来たそうで、蛸屋八兵衛は本当の長者になったげなと。
 昔、こっぽり。

解説

 語り手は前横 ヨキさん(明治26年生)で、昭和51年7月30日に聞かせていただいた。
 関敬吾『日本昔話大成』では本格昔話の「婚姻・難題聟」の中に「蛸長者」として話型が次のように登録されている。
 1、貧乏な漁夫が金持ちをよそおって長者の娘を息子の嫁に約束する。2、家が小さいために(a)何人の住まない家を借り、または(b)殿様に古い家を借りて嫁を迎える。3、三つの化け物が出る。親と息子は恐れて逃げる。4、嫁が恐れなかったために、それぞれ宝の化け物であるのを知り、それを掘り出して金持ちになる。