正月つぁん 正月つぁん(祭事歌)隠岐郡西ノ島町三度
語り(歌い)手・伝承者:萬田半次郎さん・明治18年(1885)生
正月つぁん 正月つぁん どこからおいでた
三度(みたべ)の浜からおいでた
重箱に餅入れ 徳利に酒入れ
トックリトックリござった
(昭和48年12月8日収録)
解説
まもなく正月がやってくる。その正月が近づくと子供たちは、正月を擬人化したようなこのような歌をうたって、来るのを歓迎した。ここに挙げたのは島根県西ノ島町での歌であるが、全国各地にこの類の歌は存在している。少し紹介しよう。
松江市島根町多古(たこ)では、
正月の神さん どこまでござった
大橋の下まで
破魔弓を腰に挿いて 羽子板を杖にして
え-いえとごっざった(小川シナさん・明治32年生)
鳥取市用瀬町鹿子では、
正月さんはどーこ どこ
万燈山の裾の方
白い箸にバボを挿いて
食いきり 食いきり 今日ござる(小林もよさん・明治30年生)
米子市大谷町では、
正月つぁん 正月つぁん どこまでござった
勝田(かんだ)の山までござった
山百合 杖について 羽子板 腰にさし 栗の木箸に団子挿して
かぁぶり かぁぶり ござった(船越容子さん・昭和3年生)
もうすぐそこまで正月はやって来ている。自分たちの住むところへもすぐに来るのだ。そのような弾む心がこの歌からはうかがえる。しかも、その正月さんは、正月の象徴である土産を持って来てくれるのである。隠岐の歌では重箱に入った餅や徳利に酒を入れ、
島根町では破魔弓や羽子板を持って、また、用瀬町では白い箸にバボ、すなわち餅を挿し、米子市では山百合の杖をつき、羽子板や栗の木箸に挿した団子を持って来てくれるのである。
それではこれらの土産を持ってきてくれる「正月さん」とは何者であろうか。それはいうまでもなく、季節ごとに姿を変えてやって来、私たちが正しい生活を行っているかを、点検し、心正しいものが困っていれば幸せを授け、怠け者がいればそれを戒めるために来る祖霊、すなわち先祖の神なのである。
なお、最初の歌では、「正月つぁん」は三度の浜から来臨されるようにうたわれているが、隠岐の島前地区(中ノ島・西ノ島・知夫里島の三島をいう)では、どの島で聞いてもいずれも同じであった。ここは西ノ島町にある地区名であるが、ここは昔から西ノ島の中でも、あまり人々が訪れることの少ない土地であり、そこから神の上陸する聖地として認められたものと思われるのである。