大判が怖い話(昔話)
語り(歌い)手・伝承者:松江市八束町二子 足立チカさん・明治27年(1894)生
とんとん昔があったげな。昔、役者が巡業に出ておりました。そうしたらいきさつがあったものやら、途中で戻らなければならないって(いうことになりました)。母も病気しているし、早く帰ろうと思って、晩に七類(美保関町の地区名、隠岐行きの汽船の発着場のあるところ)のところを歩いていたら蛇が出て、
「飲んでしまぁ」と言う。それから、
「今夜は助けてごせ(助けてください)。必ず明日の晩には間違いなく飲まれてしまうけぇ。母に一目逢ぁてから飲んでごせ。母が恋していのうとこだけん(帰るところだから)」
「ほんなら、約束違えずに明日の晩に来い」。それで、
「おまえの好きなものを土産に持って来うが、それは何だかい」
「兎でも鶏でも何でもいい。生ものが好きだ」
「ほんなぁ、一番嫌いなものは何だかい」
「煙草のやに脂が一番怖い。この池、脂が入ったら、わは(自分は)生きてはおられぬけん」
「ああ、よしよし。そんなら肉でも鶏でも持って来ぅけん」。こう言うと、役者に今度は蛇が、
「おまえは一番何が嫌いだか」
「大判や小判が一番怖い。これ見たら、もう寿命がなくなぁ」というようなことを言った。
「ああ、そげか」
「そぉでは明日の晩は必ず来うけん」
それから役者が帰って、母に面会して、それから約束通り行かないと大蛇がどんなことをするかも分かないから、煙草の脂を壷にいっぱいためて出かけました。
「じゃ蛇殿、蛇殿、約束通り来たけん」と、その壷を池へ沈めたら、蛇はとても狂い狂って人を飲むどころではありません、わが身が持てないのですから。
その間に役者が戻ったそうですがねぇ。
そうしたら、明くる晩の暮れ、蛇がやって来て、
「夕べはえらい目にあわせらたが、かたき取ぉに来たけん。おらぁ一番怖いもの持ってきちゃったけん」と、大判をザザ-ッと投げて、
「今度ぁ、ほらぁこれが小判だぞ。一番怖いもんだらぁがぁ」ててジャジャジャァと出して、大判小判を座敷へいっぱい投げ込んで帰って行ったという話ですがねぇ。
何と言っても人間と畜生ですからね。どうしても人間の方が頭がいいのです。
(昭和44年7月26日収録)
解説
昔話の分類では、笑話に属しています。一見、恐ろしそうに見える動物ではあっても、とっさに機転を利かせた人間の英知の前に負けてしまう、という形を持った話です。なお、七類は八束郡美保関町にあり、隠岐行きの汽船の発着する港があるところで知られています。