釜の下の灰坊(昔話)

語り(歌い)手・伝承者:仁多郡奥出雲町大呂  安部イトさん・明治27年(1894)生

 昔があったげな。
 あるところに山子がおって、窯の庭に大きな池があったげな。
 そうすると毎日昼休みの頃になると、娘が三人来て、水浴びて騒いで、そいで山子(やまご)(「木樵」のこと)は昼寝ができない。
-今日は何とかして、あの着物でも隠してやろう-と思い、着物を一枚隠した。
 そうすると、娘たちは水から上がって、着物着ようと思っても一人の娘の着物がない。
 山子は、自分が隠しているのだから、
「捜してあげようか」と言って。
「その代わり、ぼくの嫁になってくれないといけませんよ」言ったげな。
「嫁になるから捜しておくれ」
 それから山子は着物を出してあげたげな。
「嫁になることはなるけれども、私は天のものだから、ここではよう嫁にはなれない。おまえが天に上がって来たら嫁になるから」
その娘は続けて言ったげな。
「天へ上がると言っても、そんなに簡単には上がれるものではない。この豆をあげるから、この豆を植えておいて、この豆が大きく長くなったら、この豆の木につかまって上がって尋ねて来るように。そうしたら嫁になる」
 それから、山子はその豆を植えて肥やしをやり、だいぶん伸びたので、天へ上がられるかなぁ、思ったけれども、もし、まだ上がられんといないから、もう二、三日待つかな、思っていたら、その豆が天に届いたようなので、それからつかまって上がったら、天は広いもんだそうですね。
 それから、天へ上がってどこへも頼むとこもないので歩いていたが、歩いてばっかりいてもいけないから、ここはえらいりっぱなお宅だからここへ入って下男などさしてもらおうかな。そうしている間には、また、あの娘さんに会われれることもあるだろうと思って、
「ごめんなさい」と言って入ったら、手代や番頭やらたくさんにおったげな。
 それから、
「ここで使ってもらえませんでしょうか」言うたら、考えたような顔をしていたそうなが、番頭が、
「こないだは釜の下のヘイボウ(灰坊)が去んで、あれがおらんから、ヘイボウにほんなら使ってもらってあげるわ」
 それから、そこでヘイボウに使ってもらって暮らしていたうちに、ある日、お嬢さんがちょっと出かけて、そのヘイボウの顔を見たもんだ。そうしたら、つい、嬢さんの具合が悪くなって、それからいくらいい医者さんに診てもらっても治らんしして、今度は八卦見に診てもらったら、
「いやぁ、この家のうちで目についた人があって、それだからそれと盃して夫婦にならにゃ治りません」と言ったげな。
 それから、
「そりゃ、いい話してもらったのだから、元気にしてやらないといけないから」と言う。
 それから、みなの者に風呂に入らして、いいこしらえやご馳走して、ずうっと並んで…
 そうしたらそのお嬢さんがこしらえして出て、それから嬢さんが盃を渡した者がお嬢さんの婿にるというので、それから、出てじろじろ見ていたそうなが、だれにも盃をやらずに引っ込んでしまった。
「こりゃなんぞ残った者がおりゃせんかや」て言ったら、
「さぁあ、おるつもりじゃないが…釜の下のヘイボウがまだ残っているわ」
「それなら、ま、あれにも出さるのがよいえわ」
 それから、「ヘイボウ、風呂に入いって出え」と言ったら、
「やぁ、おれのような者が出たっていけないから、やめたやめた」
「いいや、それだけれども出え出え」
 それから風呂に入(い)って、また、いい着物を着て座ったげそうなが、そうしたら、またお嬢さんが出たげな。
 そうしたら、嬢さんが、本当にヘイボウに盃渡して、酒ついでやったので、そうなのでそこの若旦那になってねえ、その山子が。
 それから、川の向こうに畑があって、そこにナスビ取りに行かねばならない。ナスビがなってから、ナスビ取りに婿が行くときに嫁さんが、
「二つ取ってはいけないよ、一つだえ取ってこないと…二つ取ったら大水が出て帰られなくなるから、一つだけ取ってきなさいよ」言ったそうなが、
「一つ取ってこいなんて、二つ取ってやれ」と思って二つ取ったら、さぁあ、その川が大水が出て、もう帰れないようになった。
 そうしたら、戻らないと会うことができないから、それから、嫁さんの嬢さんが出て、川の向こうから、
「一年に一度会おうよ」と言ったそうで、それで一年に一度会うことになった。それが七夕さんだいってねぇ。
 それであなた方、知っておられるかどうか分からないけれど、七夕さんの晩には、そのお星さんが雨が降らないと会いなさると言ってね。まあ、よい夜に見なさいよ。ずぅっと、天にこう川があるからね。それからこっちの方とこっちの方に、お星さんが川の縁(へり)のずぅっと離れたところに、男の星さんは中が大きてちょっとちょうっとね。それから女の星さんはちょっちょっちょっとこげんなっちょうですね。それでこれが七夕さんだげな、いって。そんな話で、昔こっぽし。

(昭和45年(1970)4月26日収録)

解説

 『日本昔話通観』からタイプインデックスの「221天人女房」を見てみよう。

 ①男が水浴をしている天女たちの羽衣の一つを隠すと、一人の天女が昇天できず、男の嫁になって子を生む。
 ②妻は子に教えられて羽衣を見つけ、瓜の種を残し、瓜の蔓を伝って天に昇ってこい、と書き残して天に帰る。
 ③夫が言われたとおりにして天に昇ると、いやがった妻の親が畑仕事の難題をつぎつぎに出すが、すべて妻の助言で課題をしとげる。
 ④親に瓜畑の番をさせられた夫が、妻の警告にもかかわらず瓜を縦切りにして食うと、あふれ出た大水で川むこうへ流される。
 ⑤妻が、七日ごとに会おう、と言うが、夫はそれを七月七日と聞き違え、二人はその日しか会えなくなる。

安部さんの話は、まさに大枠でこの「天人女房」の話であり、話の途中に「灰坊」タイプの婿選びの部分が挿入されているという複合型であると考えられる。