狐の変化玉と似せ本尊(昔話)

語り(歌い)手・伝承者:松江市玉湯町下大谷  春木務さん・明治44年(1911)生

 とんとん昔があったもんだ。隣の地区にたいへん悪い狐がいて、人が通ると化かして頭の毛を半分剃ってしまうので、困っておった。ある利口な若者が、
「おらに考えがある。必ず捕らえてやるから」と言うので、みんなは彼に任せることにした。
 若者はまずお寺へ行き、方丈さんに衣を、続いて神主さんのところで装束を借りてきた。それを鋏箱(はさみばこ)に入れて、ある晩、隣地区へやって来た。
「おい、狐どん、おるかい」と言うと、狐がちょこちょこ出てきた。
「こら、おまえ、人を化かすことを知っておるだか。そしてなんぼ通り化かすか」
「わしは七通りほどよりは知らっておらん」
「たったの七通りかの、おらは七通りや八通りじゃない。今夜はおまえとここで化かしやこをしょうじゃないか」。狐は合点承知した。
「これからおれが先に化けるから、目をつぶってしゃがんどれ」と言うと狐は目をつぶってしゃがんでいる。
 若者は、その間に方丈さんの衣を着て、
「さあ、どうだ。方丈だぞ。目を開けて見い」。
 狐は目を開けて、
「これはこれはご方丈さんでございますか」と感心している。
 また若者は、同じように目をつぶっているように言うと、
「今度は神主だ。目をつぶって待っておれ」とすばやく若者は神主の姿に着替えてしまう。
「どうだ、神主だ」と言うと大変に感心しておる。
 そこで若者は、
「狐、おまえはおれが化ける間に、ちょいちょい目を開けていけん。そこでこの鋏箱に入っておれ」。狐はだまされるとも知らず、鋏箱へ入ってしまった。若者はすぐに蓋をしてしまって、
「さあ、悪狐を捕まえたぞ」と喜んで、村中のみんなをお寺の本堂に集めて、
「今、蓋を取るから」と箱を開けた。そのとたん、狐はサーッと風のように飛び出し、人々は「見た」という者や「見なかった」という者やらがいて、いくらそのへんを捜しても狐の姿はない。ところが、よく見ると本尊さんが二体おられるではないか。
 それを見た若者は考えて、こう言った。
「ここのご本尊さんは『手を出しなさい』と言うと手を出しなさる。『足を出しなさい』というと足を出しなさる。今、ご本尊さんとお話をしてみる」と言うと、
「ご本尊さん、ちょっと手をだしなさい」と言った。
狐の化けた本尊さんの方は、だまされるとは露知らず、手を出した。
「足を出しなさい」と言うと足を出す。その拍子に若者は狐を捕まえてしまった。そしてみんなが寄ってたかって、たたくやら蹴るやらしたあげく、方丈さんの取りなしで、狐も謝って、こらえてもらった。
 それからというものは、狐も悪いことをしないようになったと。
 それでこっぽし。

(昭和61年8月18日収録)

解説

 「キツネの変化玉」と「似せ本尊」として知られている話が一緒になった話である。