饅頭は本尊さん(昔話)

語り(歌い)手・伝承者:松江市八雲町市場  稲垣カズコさん・明治35 年(1902)生

 とんとん昔があったげな。
 山寺に和尚と小僧と二人住んでおったげな。
 それである天気の日に和尚が、
「小僧や、小僧。今日はなあ、檀家に法事があってわしは出かけえから、おまえ留守番して、そげしてえらいふつつかがないやにして、本尊さんを守っておってごしぇよ。今日はなあ、本尊さんに饅頭二つ飾っちょいたけん、小僧、おまえはあれは取って食うだないぞよ。あれにはなあ、食うと悪もんが入っちょうけに、ありゃ食っちゃあならんけに」と言って和尚が頼んだそうな。そうしたら、小僧が、
「はいはい、分かっちょうますけに、和尚さん、行きて拝んでもどらっしゃあませ。わしはええ行儀して悪ことやなんかせえしませんが」と言っておったので、和尚さんは安心して、
「そんなら行きて来うけんな。頼んだぞよ」と言って出かけました。
 そうすると小僧が考えまして、-毎日こき使われて、いやぁ、掃除をしたり、庭の草取ったり水汲んだり、や、いろいろ毎日、和尚が使いまくるから、今日は和尚が出た間に何でも本堂へ上がって、昼休みをしょう-と思いました。
-今日は本堂で寝ておってやれ。和尚、晩にならなもどって来うしぇんだけに-
そうから、小僧が本堂へ上がって仰向けになって、こう寝ておったどもどうも本尊さんに飾ってある饅頭が気にかかって気にかかってならんやになって、そうから、起き上がって、本尊さんの前へ行きて、あおの須弥壇(しゅみだん)の上へ上がって、
「本尊さん、おまえさん、今日は断わりもんだてって言われたども、まあ見りゃうまさげなもんで、まあ、もうよだれが出えほどほしてならんが、なんとおらに一つそれ食わせてごさっしゃいませんか」と言ったら、本尊さんは黙って見ておられるけれども、にこやかな顔しておられるから、まあ悪いとは分かっておったけれども、小僧はもうほしくてほしくてたまらなくなったげな。
 そこでその饅頭を一つ取って、そうから初めはまあ、そろそろとどうだろうかと思って割ってみたけれども、中にはアンコのおいしそうなのが入っているから、
-やあ、こらまあ和尚はあげなこと言ってわしをどまかいたなあ。まあ、こら食ってみちゃれ-と思って、もそりもそり食べたら、なんと一つすぐ食べてしまったそうです。
-ああ、まかった。ほんにまい饅頭だったなあ。いつだり和尚はあげんまいもん食っちょって、わしにはいつもいつもまんないもんばっかあ食わせちょって、ああ、今日はほんに二つあったけえ、もう一つああけん、まあ本尊さんに頼んでみよう-
「なんと本尊さん、悪とは分かっちょうますだども、あのぉ、もう一つもどげぞ食わせてごさっしゃいませ」。
 また本尊さんは黙っておられたけれどもにっこりしておいでる。
-ああ、ああがたや、ああがたや。まあ、そうだどもなあ、待てよ、みんな食って腹の中へ入っちょったてて、今度、和尚がもどったおおに、またがいに叱られえけに-
-ま、どげなせっかん受けえだい分からんけに、こらまあ、本尊さんの口にアンコ残ったやつ、こうしてひつけてあげて、そうかあまあ、本尊さんの下へもちと饅頭のこげたのをぽろぽろっと落といちょりゃ、そげすりゃ和尚がもどって怒っても、『ああ、本尊さんの食わしゃいました。そこ見さっしゃい』てって言われえけに、だけん、まあ、こうでしめしめ-と思ったげな。
 そうして、今度はもうお腹も太くなったことだから、本堂で昼寝して、まあいい気持ちで眠っておったげなら、ひょっと目が醒めてみたら、だいぶん晩方になっていたげな。
ーいやー、こら大変だ。大変だ。今、和尚がもどってくうが、まあ、はや世話焼いちょったようなふうせにゃとうがないけにー
 それから、たいそうびっくりして跳んで起きて、庭へ出て庭箒をさげて一生懸命で掃くやなふうをしておったらげな。そこへ下から和尚が坂を上がってきて、
「小僧やあ、やあやもどったでよ」と言われたげな。
「あら和尚さん、もどらっしゃあましたか。まあ、えらかっただらがね」と小僧が言う。
「うん、今日は天気がよてよかったが」と和尚さんは言われたげな。
 小僧は言ったげな。
「まあ、早、湯わかいちょうますけん、足洗わっしゃって、上がって休まっしゃいませ」
「うん、そげだなあ。ほんならまあ、上がらか」と和尚さんは上がられたけれど、
「いや-、待てよ、こらもう今日は晩になっちょうがなあ。暗んなあとこだが、まあ晩の勤めもああけん、本尊さんにお礼言ったり、また拝まないけんわあ」と言って、どんどん本堂へ上がってしまわれるげな。
 それから、小僧は、
-やーあ、今、饅頭食ったことがばれえだがなあ。いやぁ困ったなあ、まあ、こらここにおられしぇんけん、わしゃ早こと納戸の方へ行きてけえ、隠れてなとおらないけんわ-と小僧はけえ、とんで逃げてしまったげな。
 それから和尚さんは、本尊さんの前へ行って、それから手を合わせてお経を言いかけられたけれど、暗くてお経本が読めないげな。
「小僧や、小僧、早こと蝋燭(ろうそく)に火いつけて持って来い」
「はいはい、今、持って行きますけんね」。
 それから小僧が蝋燭に火をつけて持って行って、それを両脇につけて和尚さん、ひょっと見たら、ちゃんと須弥壇(しゅみだん)に供えておいた饅頭が見えないげな。
「あれっ、こらまあ、小僧にあげに食うなて言っちょいたに、あいつが食ったもんだなあ。小僧、小僧、早、ここへ来い。来て座れ」
 和尚が大きな声をしていたら、小僧が、
「はいはい」とやって来たげな。
「な-んと小僧、おまえ、何てて悪ことすうだら。本尊さんに飾った饅頭、あれは食うとどうでも腹痛が起こうけん食うだね、と言っておいたに、なんで取って食ってしまったら」
「いや、食っちょうしません。わしゃ和尚さんから聞いて、あれはおじぇもんだてえことで、わし、食っちょうしません」
「そげんこと言ったてて本尊さんは、毎日何か飾ったてて何だい食わっしゃあしぇんに、おまえが食ったもんだ。本のこと言わなもう承知せんけん」と和尚さんの、まあ、かんかんになって怒らっしゃあ。
 それから小僧が考えて、
「和尚さん、そうだててわしも今こう見るに、本尊さんの口にアンコいっぱいつけちょらっしゃいますが、だけに本尊さんが食っちょらっしゃあわね」。
「いや、そげなこと言ったてて、本尊さんは食わっしゃあしぇん」。
「あ、そんなあ考えましたが、おまえさん、鉦(かね)たたいて、和尚さん拝んでだが、あの鉦たたく棒持って、本尊さん、けえ、たたいてみさっしゃい。そげしゃ『食った』て言わっしゃあけん」。
 小僧はやんちゃな小僧だげな。
 それから、和尚さんは鉦をたたく棒で本尊さんの額を三つほワンワンワン、ポッポッポとたたかれたげな。そうしたら、本尊さんは金(かね)でできておれれるから、
「カ-ン、カ-ン(食わん、食わん)」
「食わん」と言われたげな。
「ほら見い、小僧、わは嘘ばっかあたれて。いいか、本尊さん『クワ-ン、クワ-ン、クワ-ン(食わん、食わん、食わん)』て言わっしゃった。こら、おまえが食っちょうに相違ねわ。ほんにおまえは嘘ばっかりついて。毎日かわいがってやあに、そぎゃんことには和尚にだあ何だいなられへのわ。嘘つき者は」。和尚さんがたいそう怒られたから、それからまた小僧が、そこで考えて、
-こらまあ、いつまでもここに座っておら、和尚さんにどげな目にあわせさっしゃだい分からん。今度ぁ、おらがたたかれえだけん、まあ、逃げえことだ- 
 それからまた台所へ行って、今度は台所の大釜にを水いっぱい汲んで、そうして、小屋から木を持ってきて、でんでんでんでん焚いていたら、和尚さんは腹が立って腹が立ってもうたまらないものだから、
「ま、小僧が何しちょうだいちいとだり分からんだども、まあ本尊さんに誠に申し訳ねことをしたけに、こらえてくださいますやに、その上、本尊さんまでたたいたりしまして、誠に悪ことしました」て断わりして、一生懸命で拝んでおられたげな。
 それから、小僧が湯がかたかた煮えるようになったから、
「和尚さん、和尚さん、早こと、本尊さん、抱いて出て、湯に入らせてあげえがええけに」
「何言っちょうだ。まんだそげなことをおまえは言うだか。
本尊さんを湯につけたりなんかできしぇんがな」と、また和尚が怒っておられる。
 そうしたら、なんと、小僧がけ、ちょ-いと須弥壇へ上がって、本尊さんを抱えたまま、てっててって駆けって行って、釜のところへ行ったげな。
 そうして釜の湯がいっぱい煮えきっちっているところへ、その本尊さんをポチャ-ンとつけたげな。
 それで和尚さんの方は、まあ、たいそうびっくりして出てから、
「おまえはどげしたことだか、そらまあ」と言ってたいへん怒られたげな。
「いや、本尊さんはねえ、ちとだり湯に入らっしゃあせんだけん、ほこりいっぱいかべっておらっしゃって、そうで本尊さん、悪ことしたてて本のこと言わっしゃあせんけに、湯に入らせてあげてきれいに洗ってあげらあ、本尊さんだてて本のこと言わっしゃあやになあけん、そうで今湯沸かたけん、今つけてあげえけん、ここにおおとこだけん」。
 それでまた本尊さんを湯につけた上から蓋までして、また下から一生懸命で竹で焚くんだげな。和尚さんは、
-まあ、何としたことすうだいなあ、ま、困ったことになったが-と思って見ておられたげな。
 やがてのことに湯がからからからからいって煮えておったら、鍋蓋が上からかぶせてあるので、本尊さんが、
「くったくったくったくった(食った食った食った食った)」言わっしゃやになったげで、-こら、まいことやった-と小僧が思って、
「和尚さん、おまえ、怒ってばっかあおらっしゃあだども、本尊さんは『食った食った食った食った』言って、『食った』てこと言っちょらっしゃあ。間違いなしだがねえ、和尚さん」て言ったげな。
 和尚さんもこれには参ってしまって、
「は-あ、そげだったか。いや-参った、参った」と小僧の頭をなでられたげな。
 どこの寺でも小僧というのは手に合わぬやんちゃ子で、なかなか頭のいいもんだったそうです。それで、小僧が勝って和尚さんが参ってしまったげな。
 そういう話で、こっぽし。

(平成3年(1991)11月16日収録)

解説

 稲垣さんの語りの特色は、いずれもじつにきめの細かいもので、同じ種類の話でも他の方が語れば、分量的にずっと少ないのが普通である。この話は「飴は毒」という題で知られているものであるが、ここでは和尚が外出した後の小僧の心理描写や饅頭を一つ食べさせていただきたいと本尊に願ったところ、「…本尊さんは黙って見ておられるけれども、にこやかな顔しておられる…」と語るの表現のしかたなど、かなり細やかな表現が用いられている。
 そうして考えれば、稲垣さんの豊かな語りを支えていたのは、ご本人が昔話が好きであることの他に、以前はこの地域に豊かな伝承の環境が存在しており、何人もの昔話愛好者が周囲にいたということが想像できるのではなかろうか。