手水を回せ(昔話)
語り(歌い)手・伝承者:隠岐郡隠岐の島町中里 半田弥一郎さん・明治45 年(1912)生
都万村に堂山(だやま)という家があって、大きい旅篭(はたご)をしていました。
ある日、侍のえらい人が巡検で回って来られました。それで庄屋さんをはじめ、村役人さんが案内をして堂山に着くと、
「チョウズを持て」て言われましたが、何のことか分かりませんので千光寺のお寺の坊さんに聞きますと、
「そいだなあ、長い頭と書いてチョウズと読むから、長い頭をぐるぐる回しゃあいいと思うがな」。そして村役人とも相談の結果、
「ここの堂山のじいさんの頭を回してもらわじゃないか」ということになり、じいさんに話しましたが、
「あがな侍のところで、頭をぐるぐる回すことなど、できぬけえ」と言いますが、
「頼むけん、次の間の襖を開けて、そこで回しゃいいけん。そばまで行かんでもいいけえ」と頼みます。
堂山の隠居も村役人が懸命にそう言うのでしかたなく、巡検さんの次の襖(ふすま)を開けて、頭をぐるんこぐるんこ回しておった。
巡検さんはびっくりして、庄屋さんに聞かれます。
「こら何のことだ」
「はい、これは都万村で一番頭の長く、回すことが上手な者ですので、長頭を回しとるところでございます」
「そうではない。チョウズを回すとは、手洗い水を持ってくることだ」。やっと意味が分かった庄屋さんは、あわてて盥(たらい)に水を入れてきました。
「手足を洗わっしゃれ」
それから侍さんは手足を洗ってから、ちゃんと床の間に座られた。そして、
「ユカチャを持て」と言われます。また、みんなは、
「ユカチャて何だらな」というので、またまた寺の坊さんに尋ねました。
「井島(えじま)にユカ三味線があっけに、それを持ってきたらよかろう」と言う。それで急いで三味線を借りて持って行きました。巡検さんは、
「こういうもんを持ってこんでいいけに、湯かお茶を持ってこい」と言われます。
「ああ、そのことでございましたか」と、今度はお茶を持ってきました。次に、
「クネンボウを持て」と言われます。
それは螺旋形(らせんけい)にねじったような菓子のことでしたが、だれも分からないので、また、寺の坊さんに相談しますと、
「それは蕎麦を打つ麺棒の作ってから九年ぐらいになったもんのことだ。森屋敷にあるけえ、それ借りてこい」。
それでそれを借りて持って行きます。
巡検さんは驚きました。お菓子が来るかと思っていたら、また違うものを持ってくるのですから。
「言葉が通じないこんな所にはおられんわい」と都万村のことは調べずに帰ってしまいました。それでここではお上(かみ)に納めるものは一切なし、となってしまったということです。
すっとんからん。
(昭和52年(1977)7月27日収録)
解説
この話をうかがったのは、隠岐島前高校の都万村民話収録のおりのことである。氏はあらかじめ録音しておかれたカセットテープを、提供してくださったが、その中にこの話もあった。
ところで、この話は稲田浩二『日本昔話通観』の分類では、笑い話の「愚か村」に所属し、「手水をまわせ」として登録されている。同音異義語の持つおもしろさを題材にして作られた話なのである。そしてこれは山陰両県でも比較的多く好まれている話であって、あちこちで聞かせていただくことができるものである。