俵薬師(昔話)

語り(歌い)手・伝承者:隠岐郡知夫村仁夫  中本マキさん・明治39 年(1906)生

 とんとん昔があったげなね。荘八という嘘ばっかりついている人があったげな。それで今でも嘘つく者をわたしたちはは「こな荘八」と言っていますわ。
 その荘八という人が、貧乏暮らしをしている。隣は大きな親方で、その荘八が隣村から、放ってもいいような、倒れるような牛を安い値段で一匹買ってきて、それにお金を飲まして、そうして隣の親方に、
「なんと、われは隣村から牛を買ってきたのに、毎日、お金をふって(出して)、もう間もなくおまえに追いつく」というように話しておった。
さあ、隣の親方が、
「それならその牛をわれが買い上げて、わがものにしよう」と思って、そいで、
「売ってごしぇ」と荘八に頼まれれたところが、
「いや、このお金をふる牛は売られのけん」と言ったら、
「われの家に千円で売ってごしぇ」と親方が頼むげな。
ーまあ、昔のことだから千円といってもたいへんな金額になるー。と荘八はその牛をとうとう千円で親方に売ったそうな。
 初めは見ているうちに、牛は五銭出し、十銭出ししておったけど、親方が買って帰って、腹に残っている金を出してしまったら、もう全然金を出さんことになっものだから、荘八は親方が怒って来るのが分かっているので、お母さんに、
「隣の人が怒ってくるけん、われはたたかれりゃ死んだふりをしちょるけん、二階に太鼓の破れたがあるけん、あれを下ろしてドロツクたたいてくれ。われがそれから生きったふりをするけん」と約束しておいた。
 やがて、案の定、親方が怒って、
「牛は金をふらん。荘八にだまされたんだ。荘八の家に行きて、あいつをたたき殺してしまえ」と言って、使っている若い者を連れてきて、荘八をたたいたりぶったりしたら、その荘八は死んだふりをしたそうな。
「困ったもんだ。こら殺してしまった」と親方は言って困っておりましたら、荘八のお母さんが、
「あらまあ、ここに、それをたたけば生けってくる太鼓がありますけん、まああれを一つたたいてみる」と言って、それをドンドンドンドンたたいたら、
「う-ん」と言って、荘八が生き返ってきたので、それからまた隣の人が、
「この太鼓を売ってごしぇ」と頼むけど、
「これは人間の生き返る太鼓だけに、ちょとやそっとで売られの」と荘八が言うけれど、「それにも千円出すけに売ってごしぇ」と言う。
 それというのも親方の家に娘が一人おるけれど、いつもテンカンが起こって死にそうになる。それでその太鼓がほしくてならぬそうな。またそれも千円に売ったそうな。それでまたその女の子がテンカンを起こして倒れたけれど、なんぼ太鼓をたたいたところが生き返ってこない。
 それでまた親方が怒って、
「さあ、こんな男はここに置かれえせの。沈め石をして、荘八を海に持って行きて投げ込めこい」と若い者に言って、
 そいから、若い者が荘八を縛ってカルコに入れて、さらにそこに沈め石を入れて、みんなで担ぎ、峠の方を上がって行った。その峠を一つ越さなければ海がないから、峠の上まで上がったそうな。その峠には地蔵さんが座ってござったそうな。若い者たちはそこまで担いで行ったものの、荘八がとても重たいから、
「まあ、ひと休みしよう」と言って、みんなでひと休みしよったら、そこでまた荘八が嘘をつくそうな。
「なんと、われはこれで沈め石をされら死にますだけん、おまえらち、われはおまえらちに千円わてあげる。それは庭の隅にほろんであるけに分けて取れ」と言ったら、親方の男たちは、さあ喜んでいっさもっさでわがとこへ帰って行っったげな。
 そうして、あそこ掘り、ここ掘りして金を捜しはじめた。
 一方、峠にはその後へ魚屋のおじいさんが魚を担いで上がって来た。見れば眼が片目だそうな。そのおじいさんがカルコに入っている荘八を見つけ、
ーこらまあ、何をしちょるかーと思って、
「こら、どうして、そうしちょる」と言ったら、また荘八が、
「おまえは、見りゃ片目でおるがなあ、われは両目がなかったけど、ここでまあ一週間、こうして縛られて通夜しちょったら目が治ってきて、まあ、今日で帰る日だだいど、おまえもようなるけに、ここにお通夜をしぇぬか」と言って、そのおじいさんをだまして、おじいさんに身体を縛られている縄をみなほどいてもらって、反対におじいさんをそのように縛ってやって、そこへ投げておいたそうな。
 さて、若い者たちは、どこ掘っても金がないので怒って、元の峠に上がってきた。荘八はそのときにはおじいさんの魚を担いで、もう逃げてしまっていなくなってしまっている。
 男たちはそうとは知らず、そこに投げられちょるじいさんを担いで、
「今日ばっかしもう海の中へさでこんでやるけん、われらちょこげんだまして」と言って怒ったそうな。おじいさんは、「なに、われは荘八じゃない」と言うけれど、
「ま、今度ばっかしゃだまされのけん」とみんなは言って、とうとうその魚屋の人を海の中へ投げ込んでしまった。
 まもなく荘八は魚を担いで、また隣の親方の所へ行った。
「なんとおまえは、海へ沈めて殺したはずだに、どうしてこんなに、魚なんか持っておる」と言ったら、荘八が、
「われは海に投げ込まれて死んだだえど、海で竜宮城といういいとこがあって、そこへ行きたら、もう乙姫さまやら何やら魚もいっぱい、わしも今まで遊んでおった。こんないいとこは他にないと思っておったに、飽きがきたけに魚持ってきて売りに来たけん、買ってください」と言う。
 すると親方が、
「なんとそういういいところなら、われも行きたい」と言って、それで荘八も、
「まあ、ほんなら、おまえも行きたけりゃ行くがええ」と言って、とうとう親方を沈め石をつけてして殺してしまったとや。まあそんなに手に合わぬ嘘ばっかりついている荘八だったそうな。
 わたしらはそれだから、今でももう嘘つく者を「こな荘八」と言って笑っております。

(昭和51年(1976)8月1日収録)

解説

昔話は大きな悪を容認するような残酷さを持っている。この昔話の主人公は、ウソで固めた人生を楽しんであり、親方まで殺してしまう。そして話ではそれを特に悪いと非難をしているわけでもない。人間の非常さの一面をこれは示しているのであろうか。
関敬吾『日本昔話大成』の笑話「狡猾者譚」の中に「俵薬師」として話型がある。