退治られた猿婿(昔話)

語り(歌い)手・伝承者:隠岐郡知夫村仁夫  中本マキさん・明治39 年(1906)生

 昔、お父さんとお母さんとおりましたが、そのお父さんは山猟師で、毎日、猟をしに出かけていました。それで、お母さんはそれについて木こりに行くというように、二人連れだって行っていましたが、ついそこで、お父さんがちょっとそこを離れた間に、大きな猿が出てきて、そのお母さんを引っ張って逃げてしまいました。
 お母さんはその猿に取られてしまいもういなくなったものだから、お父さんは困ってしまいました。
 お父さんは犬を一匹飼っていましたので、その犬だけ連れて帰って暮らしておりました。
 あるとき、お父さんとその犬がそのお母さんを尋ねて、山の方へ行ったら、ある一軒家にその猿が、お母さんを連れてそこで暮らしておりました。
 その猿はお母さんを養おうと思って、野山へ出て何かの芽を拾ったりなど、何か取りに行って留守でした。
 そこへそのお父さんが、行ったもので、お母さんは、
「ここに居(お)ら、殺されるけに、おまやぁ帰れ」と言っいました。
 しかし、お父さんは、
「いや、仇(かたき)取らにゃ帰られの」と言って聞かないし、
「ま、なら、どこへ隠れておったがええだら」と言う。
 するとお母さんも、
「ま、ほんなら、戸棚の方へでも隠れなさい」と言って、お父さんを戸棚へ隠しました。
 その戸棚には節穴がありました。そこでお父さんはいつものように狩をするときの鉄砲を持っていて、その節穴から弾を込めて撃つようにしておりました。また、犬はその入り口の臼の下に隠しておいたそうです。
 そこへ猿が帰ってきて、もう猿股立てて囲炉裏(いろり)にあたっておりましたが、
「やれ、今日はどうも人臭い、人臭い。だれか人がおりゃせんか」と言っておりましたが、お母さんは、
「いや、だれも人はおりましぇん。わしが人だだけん臭いだわい」と言いました。猿は、
「どうも人臭いから、だれか呼んで来て見てもらえ」と言います。
「いや、わしが人だだけん、臭いだわい」とそのお母さんが言いますが、
「いや、おまえとは違って臭い」と猿は言います。
 隣の家には、チョッコウリンという名の猫が住んでいました。
 猿はいよいよ気になったので、
「な、まあ、隣のチョッコウリンを呼んで来て、拝んでもらえ」と言うので、それを呼んできて、それに拝ましたら、その猫が、

天がヒッカリ、大猿に当たる。
つき臼返せば、子猿に当たる。
おればチョッコロリンも、相伴(しょうばん)に遭(あ)う。
つき臼返せば、子猿に当たる。

と言うが早いか、とんで逃げたそうです。
 それから、猿がその意味が分からず、
ー不思議だのう、まあ、「おればチョッコロリンも相伴に遭う。つき臼返せば子猿に当たる」て。もう何のことやらーと思って考えちょっところを、戸棚の節穴からねらっていた、そのお父さんが鉄砲を撃って、その猿を殺してしまい、それからそのお母さんと犬も連れて、みなで帰ったそうな。
 まあ、そのごんべのは、だ。

(平成6年(1994)8月26日収録)

解説

猿が人間の女性を奪って妻にするという変わったものである。この話はいくら関敬吾著『日本昔話大成』を調べてみても、この戸籍に属するものがない。ただ類話と思われる話として、浜田市三隅町で聞いた話に狒々が人間の女性を奪って妻にしたが、本来の夫と連れてきた犬に殺される。そして猫に当たるのがここでは狐になっていたのである。