博打長者

語り(歌い)手・伝承者:仁多郡奥出雲町下阿井  井上掏拮さん・明治19 年(1886)生

 昔、山の高いところへ博打うちが上がりまして、サイコロをまくるに、博打が唱えますには、
「やれおもしろ、唐天竺一目に見える」。
 それを何回もやるところを、天狗さんが上を通られまして、
「わしは天へ上がって遊ぶのに、唐天竺一目に見たことはない。どういうものか」。
 下へ降りて見なはったところが、博打うちがサイコロをまくって、そう唱えていつもおる。
 天狗さんは、
「それで唐天竺が一目に見えるか」と言う。
「たしかに見えます」。
「それならば、わしも貸せてごさんか」。
「用立つことはいけませんが、あなたの宝もんと交換をいたしましょう」て。
「何がほしいか」。
 博打うちが言いますのは、
「隠れ蓑に隠れ笠、生き棒死に棒がお願いです」。
「ああ、それはたやすいことだ。やるよ。そうすればそのおまえがまくっているものをわしにくれ…」
 そうして交換せられまして、博打うちはすぐ退散します。
 ところが、その前に天狗さんが、博打うちに向かって、
「おまえは何が一番恐ろしいか」と言う。
博打うちが、
「餅が一番こわいです」て。
 博打うちは天狗さんに、
「あなたは何が一番こわいですか」。
「わしはカラタチ藪が一番恐ろしい」と言う。
 それで博打は別れます。
 天狗さんは後でサイコロをまくって、博打うちが言いましたように、
「唐天竺一目に見える」と言うて、サイコロを投げなさるが、何も見えません。
「はーぁ、これはわしがうっかりしちょって、あのやつにだまされた。あれを行きて征伐する」。  そうして下界へ降りて、博打うちの家へ行きなさったところが、博打うちは天狗さんがカラタチの藪が恐ろしいということをおっしゃったから、すぐ後ろのカラタチ藪ん中へ飛び込んでしまいます。天狗さんは中へ入ることができません。
「あの人は餅が一番こわいというから、餅を投げてやろう」と、にわか作りに餅をこしらえて天狗さんは投げてやられます。博打うちは、
「やれこわい。腹一杯」。
「はてな」。また投げてやりますと、
「やれこわい。また腹一杯」と。
 何回投げても、「腹一杯。腹一杯」で、とうとう博打うちは腹が太うなって、ひもじい目もしません。
 天狗さんは、
「いよいよわしがだまされてしようがない。こらわしはまた天へ上がって何か考えて、そうして後をまたやらねばならんが」。
 博打うちは、隠れ蓑しに隠れ笠、生き棒死に棒をもらいましたから、すぐ隠れ笠に隠れ蓑を着て旅に出かけます。
 そうしておる間に、あるところに戦いがありまして、敵を殺さんと考えて騒ぎましても、敵がなかなかさるものであって、大勢寄って征伐しようと思いましても、よく征伐しません。困っておるところへ博打うちは、隠れ笠に隠れ蓑を着とるですから、人間の姿は見えんですが、
「ああ、たやすいことだ。わしがすぐ殺してあげる」と言う。大勢のいち人(にん)が、
「妙なことを言う者がおる。どこか。それならばあの大(だい)敵を殺いてごせ」。
 博打うちは喜んで、その敵のそばへ行きまして、死に棒をちょっとその人に当てますとすぐ死にまして、やあ、大勢は大喜び。
 その博打うちをもてないて、金銀たくさんにもらいまして、そうして退却します。また旅をやる間に、あるところでまた戦いをやっておりまする。ところがそこでは、今、死んではならん者が死んだが、どうして生まれ変わって生きてくるか、それを苦心しておりますが、どうしても医者を迎えても効果がありません。
また博打うちは隠れ笠に隠れ蓑を着て、
「ああ、たやすいことです。わしが本性を入れてあげますに」。ある大勢のうちの人が、
「なにか妙なことを言う。その人を呼んで…その人は見えませんですが、その声をした方を尋ねて行きて、
「おまえは死んだ者を生かしてやるというが、本当にやるならばやってもらわにゃいけんよ」て言う。
「ああ、たやすいことです」。その博打うちはすぐ飛び込みまして、その死んだ人のそばへ行きまして、今度は生き棒を持ってちょっとさわりますと、つい元の通りぃに元気な身体になりまして、大勢の者は、その家は大喜びです。
 また博打うちは隠れ笠に隠れ蓑を脱ぎまして正体を現し、たいへんなもてなしをいただき、そうして何回となく一年間、そうして遊びますと、博打うちはとうとう長者になったのであります。
 昔より博打うちはだますこともあるが、なかなかその実を知っておるので、あんまりうっかりとは付き合われんが、よく注意して、そうしてその博打うちとまた交際することを将来考えねばならんぞよ。
 それこっぽし。

(昭和46年(1971)5月30日収録)

解説

この話は関敬吾『日本昔話大成』の話型では、笑話の中の「隠れ蓑笠」に分類されている。山陰地方でもなかなか見つからない話である。それが中国山地の中でひっそりと息づていたのである。