語り手で無形文化財的な存在といえば、嘘のように思われるが、事実そのようにみごとな山口さんの語りであった。うかがったのは昭和63年の夏のこと。そして、この話は語り手が幼少のころ、祖母のキヨノさんから聞かせてもらったもの、とのことだった。この話の型を関敬吾博士の『日本昔話大成』から明らかにすれば「笑話」の「2 誇張譚」の中に「鼻高扇」として位置づけられ、全国的にも類話は多いものである。