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出葉屋の婆さん

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おはなし

語り手 隠岐郡知夫村多沢 小泉 ハナさん(明治26年生)

出葉屋の婆さん 昔があったげな。
 ある侍が夜中に峠を通ったところが、イノシシが四匹も寄って、わやわやわやわやと子を産んでいる…。
ーこういうおもしろい見ものはないわい。…ー
  こう思って侍がそれを見物してから、今度、里へ下って宿屋でその話をしたら、宿屋の人が、
「今夜はおまえは命はないど。悪いものを見て、いいことを見たのなんだ言ったてて、そいで宿貸さん」と言うので、驚いた侍は、
「宿貸さぬやぁななら、おまえだちゃ出ておって、今夜一晩、わしに家を貸してくれ」と頼み、独り残って二階への梯子を引きずり上げて待っていた。
  そのうちイノシシが千匹もやってきて、侍はおらぬかと戸棚から縁の下から、どこもかしこも捜す。イノシシがいくら侍を捜しても、下には姿が見えない。
「見えん」
「どこにもおらんていや、今夜は二階だも知らん」。
  そう言って、イノシシたちは肩車をしてそれに乗って、やれそらと二階へ上がったところが、相手は侍だったから刀で上がってきたイノシシをストッと斬り、ストッと斬りする。
  そうするとイノシシもかなわないので、
「今夜はいんで、明日の晩は出葉屋の婆を頼んで来て、そいつにかたきをとってもらうだけん」と言って逃げてしまった。
  それから、朝、その家の主人がもどって来て、
「やれ、どうした」と聞いたら、
「こうこう言うわけで、もう一晩、宿貸せ。そがぁせな、われ(自分)は、どけだり行かれせん」と言う。
「そんなら、今夜、もう一晩貸してあげっけん」と主人も承知したいって。
  その晩、侍が構えておったところへ、出葉屋の婆が、何のことわない、髪を振り乱してズドズドいって火の玉になってやって来た。侍は、そいつが来るなり、その火の玉を刀でスパッと突いたら、、それがちょうど婆の顔のまん中を突いたことになった。婆はやられたので急いで逃げたのだった。
  それから、夜が明けると家族の者たちがみんな帰って来た。
「どうした」
「われはこがこがで、ゆんべ、出葉屋の婆が火の玉になって来て、それで一つ突いてやったら、そいで、こっとりだり言わん」。
  それから、侍はさらに、
「今日は、その出葉屋の婆んところへ訪ねて行く」と言って、それから、出葉屋の家をだれかに聞き聞きしながら訪ねて行った。するとそこはお寺だった。
「ここは出葉屋の婆さんとこかいの」と言うと、
「ここだ」と言う。
「婆さんに会いたあて来たけん、ちょっと会わせてごせ」
「やれ、ゆんべは、ここの婆さんは小便ふり(小便をしに)行くててって、転んで、大鉢巻で起きられだに何だりせぬ。会わせられもせぬで」
「そげに言ってやあなら、自分で行くから会わせてごせ」と侍は、自分で勝手に部屋に入って行った。
  そして、何のことはない、婆を見るなり刀でその婆の首を斬り落としてしまった。
  さあ、そうすると寺の坊さんたちが、
「やれ、人殺しだ」と騒ぐ。
「や、人殺しだねえけん、頼むけん、騒ぐことやめちょってごせ」といくら言っても人々が聞かない。
  そこで侍は、
「頼むけん、二十四時の間、捨てちょけ」と言って、捨てておかせた。そうすると二十四時したら、婆の死骸は大きな牛の子ほどもある猫になってしまった。
  びっくりした人々が、そこで婆の部屋の座の下をめくって見たら、そこには本当の婆さんたちの骨がいっぱいあった。古猫が化けて婆さんたちを取って噛んでは座の下にその骨を入れていたのだったって。
  その昔の世に、昔ゃむっくり飛んだげな。


解説

 語り手は小泉ハナさん(明治26年生)で、昭和50年6月にうかがった話である。実に元気のよい語り口で、聞いている者の関心をそらさない巧みなものであった。稲田浩二『日本昔話通観』によれば、「むかし語り」の「厄難克服」の中の「賢さと愚かさ」に「鍛冶屋の婆」として分類されている有名な昔話なのである。


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