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昭和61年8月、お宅でうかがった。 片桐さんの話は、一般的な風習である大歳の夜から元旦にかけて、囲炉裏の火は決して消してはいけないということを踏まえたものである。そして、この話ではその元旦だけではなく、正月三日まで火を絶やさないとしているのであるから、実に古風で丁寧なしきたりを温存しているといえる。
本来、新年には平素は常世におられる歳神様が各家を訪れ、幸せを授けて回られるものとする信仰が存在している。毘沙門天もそのような神の一つであろう。
さて、この話では、下女が三日の朝早く起きたら、囲炉裏の火が消えていたので裏門に出ると死人を焼いている者に出会う。事情を話してその火をもらい雑煮を作ることにする、という筋書きで発展していく。ところが、下女が死人の足だと思ったのは実は毘沙門天が朝早く福を配って歩いていたが、まだ寝ていて戸の開けていない家にはそれを配ることが出来ず、余った福を燃やしていたものであり、下女の頼みでその福を毘沙門天が渡してやったのだということになっている。そして片桐さんの話では「だから、三日間の朝はみんな早く起きて、家の戸を開けておくものだと今でも言われている。」とか「正月のムシロについては、わたしたちが小さいときは、ニワの先にどうしても吊っていましたが、その因縁だといっています。」などと当地の風習の起源を説明している貴重なものなのである。
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