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菖蒲が廻(さこ)の婆

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おはなし

語り手 島根県浜田市三隅町東平原 松岡 宗太さん(明治29年生)

 那賀郡のあれは国府村(現在の浜田市国府町)といって、そこに菖蒲が廻というそれは有名な金持ちの家があったんだ。
  ところが、その家のばあさんが、どうも変なばあさんだといううわさが前々から立っていた。
  ところで越中富山の薬屋が,そこへ立ち寄って、
「今夜一晩、宿を貸いてくれんか」と言ったところが、
「これにゃ病人があるけん、宿は貸されん」と言うそうな。そうすると薬屋さんは、
「そりゃ病人がおるちゅうことならしょうがない」と言って出ていったげな。しかし、日が暮れてどうしようもないものだから、
−どうもこれ、元に寝たんじゃぁ危険だけぇ−と思いながら、あちこち眺めたそうな。
  よく見れば大きな木がある。−一つあれへ上がって寝てやろう−こう思った薬屋さんは薬を入れた荷物を木の下におろしておいて、それに上がって寝たげな。
  ところが、夜、猫が「ニャオ−」と鳴いて出てくるげな。それは何十という猫がぞろぞろぞろぞろーっとやって来て、そいから下から仰向いて見る。これが今度、下でビンビンカンゴというよく子どもたちがやる肩車を猫たちがやりはじめたげな。あの通りに猫がみんなやったところが、とうとう猫が一匹足らずに上へ届かない。するとどこからか、
「菖蒲が廻のおばあさんを行って呼んでこう」と言う声が聞こえたげな。
  それから薬屋が、
−おかしい。菖蒲が廻のおばあさんを行って呼んでこようちゅうて言うた。こりゃ変でよ−と思っておった。
  まあ、そうしていたら、今度、大きな猫がごっそごっそ来たげな。そしてまた初めの通り、猫たちはビンビンカンゴして、その菖蒲が廻のおばあさんといわれた猫が、今度は一番上に上がってやってくる。
−こりゃどうもならん−と薬屋さんは思ったが、、昔のことだから、身を守るための山刀の短いのを、薬屋たちは皆持って回っていたのだけれど、それを持って何とかしてやろうと思っておったら、すーっと猫が薬屋さんの足に手を掛けたんだげな。
  そいつを薬屋さんは山刀でもって、えいっとばかり切ったげな、そうすると猫が苦しがって、たたたーっと上から降りて、皆逃げてしまったげな。
  やがて夜が明けたげな。
−何でもこりゃ変だ。菖蒲が廻ちゅう家を訪ねてやろう…− それから薬屋さんは人に問って菖蒲が廻まで出かけて、聞いてみると、
「だいたい前から、このおばあさんは病気だった。ところが、夕べからまたにわかにまた病気がひどうなって、絶対のぞくこたぁできん」と言う。それから薬屋さんは、
「とにかくそのおばあさんをちょっとわしに診せてくれんか」と頼んだところが、
「そりゃ、できん」と言う。
「わしゃまあ、薬屋でもあるが、だいたい元は医者だ」と言うのだげな。
「わしは医者で、少々脈を診ても病気が分かる。ぜひ診せてくれんか」と言う。
  それからまあ、他の親類衆やなんかが、
「あがぁにまで言うんなら、こんなぁ診せるがええじゃあなあかい」ととりなしてくれたげな。そこで、
「ほんなら、診しょうか」ということになったげな。
  そうすると、今度はおばあさんがなかなか、診ていらんと言いますげな。
  それからまあ、しょうがないので、脈の出るところへ糸を持っていって結びつけて、それを障子の穴から出して薬屋さんが外からその糸を握って、脈を診たというんだ。ところが、
「どうも不思議なが。こりゃ人間の脈でない。こりゃ猫脈ちゅう脈だ」。
  医者がそう言うたげなら、
「猫脈。そりゃあおまえけしからんことを言う」と人々が言い出したげな。しかし薬屋さんは、
「いや、ここのおばあさんは人間じゃぁない。こりゃあ猫に間違いない」と言う。
  そう薬屋が言うたげなら、そのおばあさんがにわかに怒りだして、それからごそごそ出てきた。見ればほんとうに猫だげななあ。
  それから薬屋は、今度は飛び込んで、むちゃくちゃに刀を振り回してそのばあさんをとうとう殺したという話なんだ。
  そうして殺してみれば、やっぱり猫でなあ。それはその家で飼っていた古い猫で、そいつが前におばあさんを取って食うてばあさんに化けていたんだげな。
  その家はうとうそれが元になって絶えてしもうたという。
  そういう菖蒲が廻という家があったんだ。それはここから近くの話だからなあ。


解説

 昭和35年3月に松岡さんのお宅でうかがった。内容は化け猫譚であるが、これはなかなか手の込んだストーリーを持っている。「菖蒲が廻のおばあさん」に不審を抱いた薬屋さんが、おばあさんのいる分限者を訪ねたところ、彼女は病気であり、薬屋がいかに昔は医者だったから診てやると言っても、おばあさんに拒否されてしまう。薬屋さんはせめて脈だけでもと迫るが、やはりだめである。しかし、彼もなかなか後へは引かない。結局、腕に糸を巻いてそれを障子の穴から出して診ることで妥協が成立する。そして圧巻ともいうべきやりとりが緊迫した中で交わされる。
 このようにして正体を現した猫は、最後は薬屋さんに退治されてしまうのである。
 山陰両県で類話を調べると、この話はとても人気があるのか多くの地域で分布している。近隣諸国でも類話はあり、中国や韓国、インドなどでもこれまでに同類が収録されている。韓国では猫のところが虎になっていたり、日本にはない特色が示されたりしている。ともかくこの話は、わが国だけでなく、他の国々でも歓迎されている話種なのである。


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