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三人娘の婿

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おはなし

語り手 鳥取県大山町 片桐 利喜さん(明治30年生)

 なんとなんとあるところに昔があったげなわい。そしてあるところに娘が三人いました。
  一番上の娘さんは、
「おらは法印さんとこに嫁になっていかなならん」と言っていたそうです。
  法印さんというのは位の高いお坊さんのことです。けれども、お父さんやお母さんは、
「そげなこと言ったって、われ、法印さんがもらってごしなはらにゃ行かれんわや」と言っていましたら、そのうち法印さんがその娘さんを嫁にもらいに来られたので、上の娘さんは法印さんの嫁になって行きました。
  また、二番目の娘さんは、
「おらは、神主さんとこ−ぉに嫁になって行きたい」と言っていましたら、また、神主さんがもらいに来られて、それで神主さんの嫁になって行きました。
  ところが、一番下の娘さんは、
「おらは百姓家に好いちょうけん、百姓家へ嫁に行く」と言っていましたら、そのうち百姓家に嫁にもらわれて行かれました。
  あるとき祭りが来て、みんな婿さんたちが呼ばれに来ました。
  上二人の婿さんである法印さんや神主さんは、ともにとても気さくで、よく歌ったり踊ったりされるのに、いつまで経っても百姓家の婿さんは黙ったまま、何にも芸をしようとはしません。そこで姑さんが気が気でないものですから、
「こんた、もう、なんなと芸しっさいな。他の婿さんはみな芸しっさあに」と言ったところが、百姓家の婿さんは、いきなり、
「ほんなら、かかさん、手拭とトーシと出いてごしなはい」と言ったそうです。トーシとは木の丸い枠に金網を張ったもので、穀物をふるいにかけて分ける農具のことです。
  それから、姑さんが、トーシと手拭と出いてやりますと、この三番目の婿さんは尻からげをして、そうして、トーシをおろすまねをしながら、大きな声で、

  一番ドーシのその下は おん殿さんにさしあげる
  二番ドーシのその下は われわれなんどの飯糧(はんりょう)だ
  三番ドーシのその下は 神主、法印にやる米だ
  アー ソーリャ ソリャ ソーリャー ソリャー

 こう歌ったそうです。
  そうしたところが、神主さんや法印さんも、完全に参ってしまって、とうとうシブシブシブシブ逃げて行かれたので、それで一番下の娘さんの婿さんが一番に勝たれたそうですと。
  その昔こんぽち、ごんぼの葉、和えて噛んだら苦かった。


解説

 昭和58年7月にうかがった話である。
 ところで、昔話ではよく三人娘とか三人兄弟とかが出てくる。そしてその中でも末っ子が中心となっている。「蛇婿入り」や「猿婿入り」の昔話で登場するのは、三人娘であり、蛇とか猿の嫁になることを承知するのは末娘に決まっている。そしてそこから話が本格的に展開している。三人兄弟の場合、例えば「奈良梨採り」でも、親の病気のために山に奈良梨をとりに行くが、上二人の兄弟は、途中で出会った山姥の助言に従わずに怪物退治に失敗する。しかし、末っ子は助言に従いそれに成功する。
  片桐さんのこの「三人娘の婿」の場合も、このような昔話の原則をきちんと守った形で話は進み、逆転の楽しさを踏まえ完結しているのである。
  上二人の姉の婿は、神主と法印である。いわば選ばれた階級を示している。末娘の婿は普通の農夫である。社会的に見てまさに対照的な両極にある立場を提示した後、話は進み、祭りで実家にそれぞれ招待された婿の描写がおもしろい。歌や踊りで座を盛り上げる上二人の神主と法印の婿である。一方の農夫の婿は何の芸も披露しない。ところが最後にどんでん返しで農夫の婿が勝利を収める。
農夫の歌にこめられた意気は、同時に昔話を愛した多くの庶民のそれでもあることはいうまでもない。人々は、このようにして農夫に自分を投影させて、その勝利に喝采を送っていたと思われる。
  この話の類話は、他地方でもまだ見つかっていないようで、分類すれば、笑話の「三、巧智譚」、「A、業較べ」に収められてしかるべきだと思われるのであるが、まだ関敬吾博士の『日本昔話大成』にも分類されていない珍しいもののようなのである。


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