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津井の池の蛇婿

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おはなし

伝承者  隠岐郡隠岐の島町犬来 中沼アサノさん・明治39年(1906)生

 昔々、ずうっと昔なあ、長い間、雨が一滴も降らず、そのため井戸水はだんだん減る一方だし、せっかく植えた田んぼの稲も干からびて枯れさげになるし、村中の者は「困ったがのう、どげすらええことだえら(どうしたらよかろうか)」と神さんを拝んだり、願かけしたり、いろいろするけど、いっこうに雨の降る様子がありません。
 みんなが困りはてたあげく、村の衆(し)が庄屋さんのとこへ集まって、いろいろ相談した結果、-津井の池の水神さんに願かけしたら、わすと(あるいは)雨を降らせてごさっしゃるかも知れんから-ということになり、雄池・雌池のそばにある水神さんへ集まって、
「水神さん、水神さん、どうぞわたしどもの雨乞いの願いを聞いてくださいませ。雨を降らせてさえくだされば、どげな難しいことでもいたしますけん、どうぞお願いします」と、お籠もりしたり百度参りしたりして、一生懸命に祈願しましたげな。
 そうするとその晩、庄屋さんが寝てござると、その枕辺にりっぱな若衆が現れて、
「昼間、おまえさんたちが祈願したことを叶えてあげましょう。雨を降らせてあげますから、その代わり、今から十日の間に年頃の娘をわしの嫁にさし出すように」と言われるので、庄屋さんも、
「雨さえ降らせてくだされば、娘は必ず人身御供としてさしあげましょう」と約束したかと思うと、パッと男衆の姿は消えてしまわしたげな。
 そしてその翌日、にわかに稲妻がパッとしたかと思うと、ゴロゴロッと雷が鳴って、やがてザアザアッと音たてて、しのつくような大雨となってきました。
 村の人々は、やれうれしや助かったと大喜びしてござるけど、庄屋さんは雨を降らせてもらったからには、さっそく人身御供の娘を捜さにゃならんと、すぐさま若い娘のおる家を回って、
「おまえ、頼むけん池の嫁に行ってごさんかや」と頼むけど、
「わしゃ、池の主のとこへなんか行くのは嫌だずや」
「わしも行かのずや」てて一人として行くもんがないもんだけん、庄屋さんもようとこ(たいそう)困ってしまって、そうかといって、水神さんとの約束を破れば、またどげな災難がかかるか知れんし、どげでもかげでも(どうでもこうでも)捜さにゃならんと、足を棒にして、あちこち捜し回らっしゃるがなかなか娘が見つかりません。
 その間にも雨は止まずにどんどん降り続くし、六日、七日と経つにしたがって、今度は水があふれて、井戸の水はあふれるばかりになる。田の稲も水浸しになり、このうえ雨が続くと稲も腐ってしまうし……… 毎日空を見上げてため息ばっかりしてござったげな。
 庄屋さんには、ちょうど十七になる加代という一人娘がおりました。その加代さんが約束の切れる前の晩、お父さんお母さんの前に出て、
「どうぞわたしを池の嫁に行かしてください。そうせんと水神さんの祟りが恐ろしゅうございます。わたしが人身御供になりさえすれば、村のみなさんも助かります。わたしを行かせてください。頼みます、頼みます」と言い出して聞きません。初めは庄屋のお父さんお母さんも、うちの一人娘の加代が行かんでも…… と渋ってござったども、加代の覚悟が堅いので、ほかによい手だてもなく、とうとう加代さんの言うとおりに池の嫁にやることになりました。
 そしてすぐ池のそばへ行って、
「雄池雌池の黒ん坊よう、うちの加代が嫁になるてて言うけん、今夜迎えにございやあ………」と言うが早いか、見る見るうちに池の中に渦巻きが起こり、そのまん中からニュ-ッと現れたのが、この前夢枕に立ったその男衆でした。その若衆はにっこり笑って合点の合図をしてござったげな。そげすると今までザアザア降っていた雨がハタッと止み、陽が射してきました。
-ああ、これは水神さんが願いを聞いてござしたに違いない。そんなら早く祝言の用意を……-と、にわかに庄屋さんではご馳走を作るやら酒肴の用意で、上を下への大騒ぎとなりました。
 やがて暗くなり十二時近くになったとき、例のりっぱな男衆が加代を迎えにござったげな。
「それでは約束どおり加代さんをわたしの嫁にもらって行きます」と挨拶され、庄屋さんの方でもはや覚悟はできていたことではあるし、
「それでは今日から加代はあなたの嫁にさしあげますが、何分急なことで嫁入り道具も何も用意していませんし、池のしきたりも少しも分かりませんが………」と言うと、若衆は、
「わたしの方は道具などは何も必要はありません。入用なものは向こうにちゃんと用意してありますから。ただ一つ守っていただきたいことは、これからの一カ月間は、どんなに加代さんに会いたくても、決して呼んではくださいますな。その代わり一カ月が済みさえすれば、好きなときに池のそばへ来て呼んでください」と言い残して、加代を連れて行きかけさしたげな。庄屋さんはあわてて、
「ちょっと待ってください。荷物はいらんとのことですので、その通りに従いますが、ただ一つ頼みがあります。それはわたしどもの世界では、『鏡は女の魂』と申し、寂しいとき、腹の立つとき、悲しいとき、この鏡を見ると心が落ちつき、迷いが収まるということになっております。これだけは持たせることを許してください」と小さい鏡を渡しました。
「じゃあ、それだけは持って参りましょう」と加代の手を取り、
「必ず後ろは見るなよ」と言いながら別れて行きました。  それから、加代の去ってからの庄屋さんの家では、火が消えたような寂しい日が続き、両親は三度の食事ものどを通らず、泣いてばっかりござったげな。たった一か月が庄屋さん夫婦には十年も二十年もの思いで、待って待って、やあや(やっと)一か月が来ました。
 さっそく言われた通り池のそばへ行き、
「雄池雌池の黒ん坊よう、加代に会わせてござっしゃいのう」てて呼ぶと、池の中に渦巻が起こり、まん中から加代が体を半分出して手を振り、合点して見せました。庄屋さんでは「さあ、今夜加代がもどってくる」と言うので、加代の好きだったご馳走をえっと(たくさん)作って待ってござったげな。
 やがて日が暮れ、あたりが暗くなってきたころ、一か月前、家を出たときと同じ姿の加代がもどってきました。
「おお、加代、もどってきたか」
「よう来たなあ」と、みなが大喜びでご馳走を食べながら、楽しく話すうち夜がふけてきましたので、
「それでは久しぶりで帰ってきたことだから、今夜は親子水入らずで一緒に枕を並べて寝ようや」と言われると、急に加代が悲しそうな顔をして、頭を横にふりながら、
「わたしはもうここの家のものではありません。いくらお父さんお母さんでも一緒に寝ることはできませんので、一人別に部屋で休ませてください」と頼むのです。そして、
「どんなことがあっても夜が明けるまでは、決してわたしの部屋へは入ったり、のぞき見などしないでください」と言って、一人一部屋へ入りました。
 それからしばらくすると加代の部屋から大けないびきが聞こえてくるので、両親が不思議に思い、
-あの子は今まであげないびきなんかかいたことはなかったのに……-と、つい加代の言ったことを忘れて、そ-っと襖をあけてのぞかしたげな。………そげしたら、なんとあの美しかった娘は大きな蛇となって、七巻き半のトグロを巻き、その上にちょこんと首を乗せて寝ているではありませんか。
 それを見た両親、驚いたのなんの、仰天してしまって、震えながら襖を閉めて夜の明けるのを待っていました。
 明るくなって、今、加代が起きてくるか、起きてくるかと待ちれど待ちれど、いっかな(なかなか)加代が起きてこんので、正体を見つけられ、恥ずかしくなって出てこんかと思い、おそるおそる加代の部屋を明けて見たら、そこには加代の姿はなく、ただ一つ手鏡だけが部屋に残っていました。
 それからというものは、なんぼ池のはたへ行って「加代よう、黒ん坊よう」と呼んでも、渦巻きも起こらず、男衆も加代もついに姿を見ることができませんでしたと。
 これでとんと昔、おしまい。


解説

 隠岐の島町大字犬来に伝わる話である。これはもともと昔話であったのが伝説化したものと考えられる。伝承者の中沼さんは、犬来で生まれておられるが、松江市雑賀町にお住まいだった。そして島根県の幼稚園教諭としての草分け的存在の方でもある。
 この話は、アサノさんが五、六歳だったころ、寝物語に伯母の佐藤イワさんから聞かされたものだという。中沼さんの実家は旧家で屋号を公問所といい、長らく庄屋を務めていた。そして親戚には、孝明・明治両天皇に儒学を講じた中沼了三がいる。したがって、アサノさんに話を語った佐藤イワさんは、ときどき京都へ出て時代の先端を行く都会の空気を吸っては隠岐へ帰っていたようなインテリだった。
 ここに紹介した話は、その佐藤さんが語られた雰囲気をそのまま壊さないように、中沼さんが再話してくださったものである。一般的に素朴な昔話から脱して、まるで文学でも味わうような豊かな内容に構成されているところにこの話の特徴がある。つまり伝承文学がいわゆる芸術性のある文学に昇華して行く道筋を示す貴重な例といえるものだと思う。
 これは元はいわゆる水乞い型の「蛇聟譚」と「蛇女房譚」の二つの昔話であったのが、合わさって一つの話に変化しているのであるが、ここでは紙面の関係でそのあたりについて詳しく説明を続ける余裕がない。そのことがわたしとしてはいかにも残念なのである。
 なお、舞台となった津井の池は、雄池と雌池の二つから成り、黒曜石の産地でも知られている。また、東にある雄池の周囲は〇.九キロメートル、西にある雌池の周囲は〇.六キロメートルあるが、名馬池月の生まれたところという伝説もあり、どことなく神秘的なたたずまいを見せているのである。


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