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こっから上の川上の(手まり歌)

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歌詞

歌い手 隠岐海士町保々見  井上 ヨシさん・明治35年(1902年)生

こっから上の川上の谷長者の乙姫が
一つで 乳を飲みそめて 二つで 箸ごを持ちそめて 三つや四つを 遊ばせて
五つになるから 管をかく 六つで 木綿ひきそめて 七つで 長だい織っそめて
八つで 約束しておいて 九つ こなたにもらわれて 十で 殿ごの持ちはじめ
十一なるとき そのときに 帷子(かたびら)織れとの仰せあり うんでつむいで枠(わく)にかけ
枠にかけたはよけれども あでの返しはまだ知らの お姑(しゆうと)さんにと手をついて
教えてください お姑さん 産んだ親さえ教えのに わたしが何しに教ょうかい
小姑さんにと手をついて 教えてください小姑さん 姑さんさえ教えのに
わたしが何しに教ょうかい 殿ごさんにと手をついて 教えてください殿ごさん
算盤さんなら教えるに あでの返しはわしゃ知らの 人の嫁こになるものが
あでの返しを知らのとは あで竹へ竹でどやされて そこで姉さんわんと泣き
奥の一間へ駆け込んで こじゃんと結(い)ったる島田髷(まげ)根からさっぱり切り払い
殿ごの膝にと投げつけて 後は乱れて妻がない
わたしゃ去ぬれば花が咲く サア 花が咲く


(昭和48年6月17日収録)


解説

この手まり歌の内容のなんと厳しいことよ。嫁と姑関係は、古くて新しい問題で現在でも、まだこういった傾向の残されている所もなくはないようである。
 わたしはこの歌を昭和48年(1973)に、海士中学校へ赴任してから聞いた。離島などでは、中央では消えてしまった古い無形文化財がまだ残されていることがある。井上さんはそのような伝承をよく知っておられたお一人だった。
 ところで、昭和9年(1934)に東明堂から刊行された『日本民謡の流れ』で藤沢衛彦は、類歌を引用されながら、これらの歌が江戸時代にうたわれていたと述べておられる。古めかしい内容から見て、筆者もまた氏の考えに同感なのである。
 ところで、手まり歌ではないが、鳥取県八頭郡智頭町波多では、次のような子守歌が見つかった。

ねんねんころりや さんころり よい子じゃ よい子じゃ よい子じゃな
ねんねんころりや さんころり 酒屋のいとさん乳飲ましょ お乳がいやなら嫁行かしょ
お嫁の道具は何道具 たんすに長持はさみ箱 これほど手つけてやるものに
されとてもどるなこりゃ娘 されとてもどろた思わねど
千石積んだる船でさよ 風の吹きよで舞い戻る
行ってみりゃ 殿御の気を知らず 行ってみりゃ 舅の気を知らず
ねんねんころりや さんころり
大原寿美子さん・明治40年(1907)生

 やはり嫁と姑の機微をうたっている。同類は各地でよく聞いたものである。


使い方

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