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横着者の話(昔話)

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おはなし

語り手 隠岐郡隠岐の島町郡 塩山コフエさん・明治42年(1909)生

 昔、ある若者があったそうな。横着で何もせずにうまいもんを食って、いい着物を着て、遊んで行かれるようなことはないだろうかと思って、毎日毎日何にもせずに寝ころんで 考えていた末に”これならいい”と思いついたったそうな。
 その村の山奥に山の神様があったそうな。
 そこへ行って神様にお祈りすればきっとかなえてくださるだろうと思って、そこへ行って、
「三週間参りますけん」と、毎晩丑の刻かねえ、みんな寝静まったころかねえ、その時分に起きて参るって神様に約束したそうな。そうしたら行く道に川があってて きれいな水が流れていて、そこの川で体に水をかけて清めて行ったそうな。そこはとても寂しいところだそうなが、そこへ行って必死にその男が、
「どうぞお願いします。三週間の間、ここへ参ります。わたしはいい着物を着てうまいものを食べて、毎日遊んで行くようにしてください。その代わり丑の刻の真夜中に必ず参りますけん」と、一生懸命、頭を地べたにつけて頼んだそうな。
 それからというものは、それはそれは一生懸命、行く道に、きれいな水が流れているから、毎晩、水をかぶって、それから、山の神様に頼んだというそうな。三七、二十一日の間だねえ、いよいよ最後の日になったそうな。
 もう今晩一晩の我慢だけん、と思いながら、体を清めて行こうとしたそうな。
 寂しい山道の細い道を行ったらねえ、その道に岩のようなものが寄りすがって、どうしてもこの道を通られないそうな。
”ああ、困ったことだ、今晩一晩で終わっに”と思って、どうしてもその山の神様へ行かなければ願がすまないのだから、どこかにすき間があればいいがと思うけれど、何だか分からないけど岩みたいなものが寄りかっているそうな。無理矢理に、本当に死にもの狂いで通ってねえ、必死になって拝んで、とうとう山の神様まで行ったそうな。そして、
「お願いがございます。どうかわたしの願いをかなえてください。今晩、道に何か知らんだいど寄りかかって来られのだいど、ま、今晩一晩だからと死にもの狂いで来たとこですけん、どうぞ願いをかなえてください」と必死に頼んだそうな。
 そうしたら、山の神様が出て来てねえ、
「おまえは三週間の間、この寂しい山道をよう来た。そいで今晩はおまえがどうすっやらと思って、われが道に寄ってみた。それにもかかわらずおまえは必死になってわれのところへ頼みに来たちゅうことは感心だ。よし、おまえの言うことをかなえてやらぁ。その代わりな、明日の朝、とう(早く)起きて、船が来ってても一番初めの船には乗んな、二番目の船にも乗んな。三番目の船に乗れ」と神様が言ったそうな。そうしたら若者が喜んで、
「ありがとうございます。はあ、よろしゅうございます。どうぞお願いします」と言ったら、神様はすうっと消えてしまったそうな。それから若者は、
「ああ、うれし、うれし」と言って喜んで帰ったそうな。
 夜が明けてもまだ早い。他の人が寝ているときに川で待っていたら、船がギーコラギーコラ来たそうな。初めの船が、
「ほーら、旦那さん、どうぞ乗れ、乗れ」と言うけれども、若者は神様が「一番の船には乗んな」と言ったなぁ、と思ってまだ待っていたら、二番目の船が来た。
 またその船の船頭さんが若者に向かって、
「どうぞ、旦那さん、どうぞどうぞ」と言うのだそうな。しかし、二番目の船も乗ってはだめだ。神様は三番目の船と言ったなぁと思って、そうして待っていたら、やがて三番目の船が来たそうな。その船の船頭さんが、
「どうぞどうぞ、旦那さん、どうぞどうぞ」と言う。若者は「はぁ、三番目の船だ。夢じゃないかいな」と思ったけれども、これは夢じゃないな、本当だ思ってはぁ、山の神様が言ったことは本当だと思って、
”これだ、これだ”と思って乗ったそうな。そうしたら、大きな男がその船の中で働いていて、それで、
「どうぞどうぞ、どうぞこちらへ」と言って、とてももてなしがいいそうな。それでお茶を出してくれるので、それを飲んだり、ご馳走を出したりするので、それを食べているうちにずっと連れて行ったそうな。そうしたらずうっと行ったら竜宮みたいなきれいな城のとこへ着いたそうな。
 そして、
「どうぞどうぞ、通ってください」と案内するそうな。
 そしたらきれいな御殿があったそうな。その玄関はピカピカしたようで、それから一間を通ってねえ、
「どうぞこちらへ、どうぞこちらへ」と言って、今度は二階の一間へ通されたそうな。そうしたらそこにタンスがあって、洋服がよければ洋服を、着物がよけら着物を着ればよいそうで、何でもないものはないそうな。何でも着たいものを着たらいいのだそうな。そしていろいろなご馳走を毎日出してくるのでそれを食べるのだそうな。若者は、
「こりゃま、ありがたい」と思っていたそうな。
 そして幾日かたつうちには、たいへんに太ってねえ、ゴロゴロするようになったそうな。
 それから、ある日、どこかの旦那さんのところへ退屈しのぎに遊びに行こうかと思って、西へ行ったらどこへ行くだろうか、東へ行ったらどこへ行くだろうかと、そのようなことは覚えていないけれど、きれいな遊ぶところがあったそうな。
「ほんなら連れて行きてごせ」と若者は言って、ついて行ったそうな。本当に洋服やら、帽子やら、ちゃんとしていて
ねえ、バリバリして行ったそうな。そうしていろいろな景色のところを見せてもらって行ったそうな。
 そこには大きな屋敷があって倉が九つもあるのだそうな。
”あの倉には何が入っちょったら”とその男がいつも思っていたそうな。
「お願いがある」と若者が言ったら、
「何でも言ってください」と言うので、
「あの、この倉に何が入っとっか見たい」と言うと、
「そら、いろいろな宝物がどっさり入っとって、見してあげます」と言って、それから、九つの倉をずんずん行ったらねえ、いろんな宝物がぎっしり積んであったって。そうしたら八つまでは見せたけれど、九つめの倉は見せないのだそうな。「見せない」と言われれば見たくてならないで困ったそうな。
「これだけはのう見せることはできない。こらえてごせ」と言うのだそうな。
 そうしてその晩、ご馳走を食って寝たそうな。寝たけれど、その一つの倉が気になってねえ、「見せない」と言うのだから、どうでも見てやろう。一目でもよい、どうでも見てやろうと思って、その晩、みなが寝た時分だからと、そーっと床を抜け出しててきて倉
のところへ行ってねえ、そろっと倉の戸を開けてみたらスルスルッと開くそうな。
「はは、開くな」と思ったら、下には大きな洗面器がやってあった。上にはだれやら、何だかしているので見てみると、人間を上へ吊り上げて、それに矢が刺してあったそうな。その矢から血がポタッポタと洗面器に落ちてくるのだそうな。
 それからその男はびっくりしてのねえ、
「こりゃたいへんだ。われもここにおったら殺される」と思って上から逃げようと思ったら、上に吊りさげられた男が、
「ちょっとここまで来い。ちょっとここまで来い。おまえに言わんならんことがあっけん。ちょっと来い。教えてやっけん」と言う。
 けれども、その矢が突き立ててあるところに梯子がやってあったそうな。それで恐ろしくてたまらないものだから、行くまいと思うけれども、
「教えてやることがあっけん。ここへ来い。ここへ来い。どうもすらせんけん、ここへ来い」と言うものだから、それなら行こうかなあかと思って、梯子の下からブルブルブルブル震えながら上がって行ったそうな。
 そうしたらその男はもう息絶え絶えながら。
「われはなあ、おまえと同じやあな気持ちで、神様に頼んでこいな目にあった。おまえは今のうちに急いで逃げ。逃げて言うことはな、この後ろにたった一本道があっちゅうだ。逃げ道はその一本道しかあらせんけん、そっから急いで逃げ」。
 それは大変だと思って、その男はその倉の後ろ見たら、本当に一本道があったものだから、そいから一生懸命でその道を行ったそうな。
 そうしてずっと行ったら、寺が一軒あったそうな。
 その寺へ行ってトントントントン戸をたたいて言ったそうな。
「和尚さん、間違った気持ち持って申し訳ない。横着して生きていくということは、本当は間違ったことだから、明日からはもう一生懸命で働きますけん、どうぞわたしを助けてやってください。明日からは梅干しで麦飯で、二度とこげなことは考えません、一生懸命夜も昼も働きますけん」と言ったそうな。
 追っ手の人は鬼を使っているところであり、今までご馳走してくれたのは、人々を肥えさせて、その人間の血を吸っていたところだ。
 それで、その晩に鬼が集まって、
「だいぶん肥えてきたけん、今夜は矢を刺すすけん」ということでねえ、あれが寝ているかなと思って出て来たら、この男がいなかくなっており、逃げたものだから、それから追いかけて行きたそうな。
 ところが、若者の言葉を聞いた坊さんが、
「早くこの行李へ入らっしゃい。わたしが助けてあげるから」と若者を行李に入れて天井に吊るして隠したそうな。
 寺へ入ってきた鬼はその行李を疑うたけれど、坊さんが、
「何も入っておらんけん」と言って揺らして見せるので、なんとか鬼を追い払うことができたそうな。
 それから天井から降ろされた男は息も絶え絶えながら、助かってほっとし、それからは心を入れ替えて、村一番の働き者になったということだそうな。

昭和54年8月9日収録


解説

 隠岐島前高校(当時)の山岡雄一郎教諭が聞かれたもの。この話は本格昔話で逃竄譚の中にある「脂取り」として登録されている。類話は松江市北堀町の川上静子さん(明治33年生)が語り、現在、出雲かんべの里民話館で語りをしている孫娘の山田理恵に伝えられている。これは楽をして暮らしたいと思う人間の願望が生み出した話なのであろう。


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