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毘沙門天の福もらい(昔話)

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おはなし

語り手 邑智郡邑南町都賀行  高橋ハルヨさん・明治35年(1902)生

 あるところに家があって、田舎のことなので、正月の一日の朝間に宮参りをわれがちにみなしており、ある人が隣の爺さんに、
「参りなさらんかい」と言ったら、
「わしゃあ、まんだ参るまぁ。あんた、先い参りんさりゃあ、神さんによろしゅう言うて、そいから、福の神さんがありゃあ、もろうてもどっちゃんさいや」と言う。
「へえへえ、そりゃあもろうてもどりましょう」。
「ふうん、くそ、横着こいて参りもせんのに…わしゃあ参るだけえ、福の神がありゃあわしがもらうで。だれがやろうにゃあ」と思って。
 そうして、隣の悪い方のおじいさんが参って拝んで、いつもよく参るよいおじいさんは、そう言って参らんものだから、悪い方のおじいさんは、
「今日こそはわしが先い参っただけえ、福の神さんはわしがもろうちゃるけえ」と思って、
「福の神さんは、どうぞわしに授けてやんなさい。隣のおじいさんは横着して参らんが、わしゃあ、今日、一日の朝間に参らしてもろうただけえ」と一生懸命頼んでいたげな。
 そうしたら、高いところから、バタッといって何か袋が落ちたそうななあ。
「やぁれ、ありがたよ。福の神をもろうた。隣のじいさんにゃあ、平生は、いや、後生願いだあ、神さんへ参らぁ、毘沙門さんへ参らぁいうて、どこやかしこ参るだが、今日こそは参らんけえ、福の神やわしがもろうた。隣のじいはようもらわだったい。これには大けな音がしたけえ、さぞかし金がえっとあるだろう」と思って、喜んで行って、その袋の口を開けて見たら、人の首が出た。
「やぁれ、しもうた。くそう、こがぁなものう、わしにごいたりなんぞ」言うて、一ペんはそこへ投げてみたが、
「待てよ、こがぁなもんなら、くそ、隣の親父い持ってって投げこんでやるがええ、そうすりゃあ性根がいるけえ(反省するから)、いつもはこうへいげに(小利口そうに)後生願いだあ、宮へ参ります、毘沙門さんに参りますいうて言うだが、今日のような時分に『宮へ参ってこがぁだったで』言うて窓から投げこんじゃるけえ」と思って、腹をたてて、人の首を抱えてもどったげな。
 そうしてうまいことやってやるからと思って、隣のじいさんの家の窓を開けた瞬間に、
「おおい、もどったで」
「いやあ、ごくろうだったなあ。よう参ってきんさった。ええことをしんさったのう」
「おお、ええことをしたで。福の神ぅもろうたでおまえにもやるで」と言って、窓を開けてすぐ、その首を隣の家の座敷の中へ向かって投げこんだげな。
「やれやれ、わしゃあ参らんこうに横着うしたのに、あんたあ福の神もろうてもどったのを、これえやんさるんだ(くださる)かい。ああ、すまんことをしましたのう。まあ、あんたのようなええ人がこの世におってくれてんだけえ、わしがようなつまらんものが助からあ、ありがたいことだのう、どうもどうもすみません」と言う。
「なに、喜びゃあがったけえて、人間の首だぁや。どがあするだやら、たまげあがるけえ」と思って、自分の家へ帰るとすぐに窓を閉めておいて、そして知らん顔して寝ているのがよいと思ってそうしたげな。
 そして、ばあさんに言ったげな。
「ばあさんや、わしゃあ寝て知らんこうおるけえ、隣のじいさんが来ても、『はあ、寝てしもうとってであります』と言うとけよ」と言って、悪いじいさんは寝ていた。
 首を投げこんでもらった家では、袋の口を開けてたら、黄金がいっぱい入っていて、
「ええっ、もったいないことだったのう。わしゃあ横着うしましたのに、神さんは隣のおっつぁんにこがぁなものを預けてやんさって。わしにこれほど贈ってごいてのようなら、隣のおっつぁんは、とう(早く)参られたけえ、よほどえっともらえたろうだが…まあ、お初穂ほどないと持って行かにゃあすまんけえ、礼に行こう」と思って、神さんに供えて、お燈(とぼ)しをあげて拝んでおいて、膳の中へ小判のお初穂を入れて隣へ持って行って、
「おっつぁん、おんなさるかな」と言ったら、
「じいさん、寝てしもうとらあな」と言って、ばあさん、えらい声が荒いげなから、
「はあはあ、じいさんが銭ゅうえっと持ってもどったのをくずりぃ(ゆすりに)来たんかと思うて、おばあさんは声が荒あだろうが、わしゃあくずりい来たじゃあなぁけえ、わしゃ礼に来ただけえ、ちょっこら開けちゃんさいや」
「いや、よう開けんよな。まあ、いんじゃんさいな」
「まあ、あがぁ言んさんなよ。わしゃあお礼に来ただけえ、開けちゃんさい」。じいさんは寝ていて、
「開けるじゃあなぁで、また首ゅう持って来て入れるけえ、開けるじゃあなぁで」と言うげな。隣のよいじいさんは、しきりと、
「どうぞ頼むけえ開けちゃんさいや、わしゃあお礼に来ただけえ」。
 あんまり言うものだから、ばあさん、つい負けてしまって、ちょっとばかり開けたら、
「やあー、これにゃあ、さぞかしえっともろうてもどりんさったことだろうけえ、こがぁにゃあ要るまいが、そいでも心ばかりのお初穂だけえ、どうぞしもうといちゃんさいや」と言って小判を持って行ったものだから、ばあさんは、魂消(たまげ)返って、
「はあ、どがぁしたことか」
 それから、じいさんも寝ていたが起きあがって、あんまり腹が立つものだから、また宮へ馳(か)けて参ったげな。
 それから、神さんに悪口雑言を言ったら、神さんが出られて、
「ありゃあのう、どがぁでもしかたがないよ。おまえは平生横着で、今朝早う参ってごいたけえいうてもお初穂をやることはできんのよ。隣のじいは平生から真情(しんじょう)に参ってごいたで、それがお金になっただけえ、しかたがない。人間いうもなあ、心が変わりゃあ悪い者でも金になるし、つまらん者でもえろうなるけえ、心の持ちかえをせんにゃあつまらんだぁ」ということを神さんが言われたそうでなあ。
 それこっぷり。
-昭和49年(1974)7月29日収録-


解説

 この話は稲田浩二編『日本昔話通観』の分類で見ると、「毘沙門の福授け」として登録されており、全国的にも類話のあるものである。筆者も山陰両県でいくつか同類を収録しており、当地にも親しまれている昔話であると思われる。



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